2017年8月 4日 (金)

北アデビュー戦 燕岳→常念岳 その2

 ・大天井まで
 午前4時頃,館内の明かりがつくとほぼ同時に,昨夜食堂でアルペンホルンを吹いていたオーナーさんの声が足元で聞こえる。曰く,明るくなったらヘリコプターで降りていただく,ご家族にまだ連絡が取れない等々。

 後で調べたら,70歳を超える高齢の方が加減を悪くされたという事案だった模様。流石は表銀座の玄関口,様々な方がいらっしゃるものだと痛感。

 日の出はどうやら拝めないようなので,先に朝食をいただき,0500燕山荘出発,大天井を目指す。宿を出たころは青空が広がっていた。

 登りも下りも人で一杯だった昨日の合戦尾根とは打って変わって人はぐっと少なくなる。そもそもこの時間だと向こうから来る人は皆無なので,抜くか抜かれるかのどちらかである。テン泊装備の,私より確実に年上のオジサンが凄い勢いで抜いていき,あっという間に見えなくなる。小屋泊まり装備のオネーサンも同様に彼方に去っていく。流石北アルプス,もの凄い鍛え方をした人がゾロゾロいるエリアなのであろうなあというか単に私が遅いだけか。

 今回のコースで,一番楽しみにしていたのが燕山荘から大天井までの稜線歩きである。実際に歩いてみると期待以上に楽しく,そして辛かった。右手には槍をはじめ北アルプスの絶景がこれでもかと目に入る。左手,遥か向こうで噴煙を上げるのは浅間山か。ボヤっと影が見える三角錐の山は昨年ピークハントしたアレであろう。燕山荘から大天井までの間に,いったい何枚の写真を撮っただろうか,嗚呼,思い出すだけでニヤけてしまうわ。

 で,朝一のこの時間,稜線ルートが東斜面を通る時には,無風状態の中太陽がジリジリと照り付けひたすら暑い。その後,ルートが西側に回ると,今度は下からの風が吹きつけ,震え上がることになる。これら過酷な状況に加え,想像以上のアップダウンが容赦なく体力を奪ってゆく。日本の屋根を歩くということは実に大変な作業ではあった。

 喜作レリーフを過ぎ,大天井への壮大な登りを何とか終え,大天荘に荷物をデポして頂に登る。標高2922メートルは,富士山に次いで我が人生2番目のピークハントとなった。

 ・常念岳
 0840頃,大天荘を出て常念小屋を目指す。基本下り基調だが,一部雪渓があり,岩稜もあり,アップダウンも厳しく,体力が減っていく。

 燕山荘を出た頃は「今日中に常念岳山頂ゲットして,そのまま一の沢から下山してもいいんじゃねえの?」とか目論んでいたのだが,大天井に着く頃には,素直に常念小屋でもう一泊する心づもりになっていた。

 東大天井を過ぎた辺りでザックを降ろし,コーヒーを飲んでいたら,突如ガスが出てきてあっという間に曇り空に転じた。山の天気というのは,こういう場所のことをいうのであろうなと感心してしまう。

 1130頃常念小屋到着。受付を済ませ荷を下ろす。既に到着して宴会を始めてるグループもある中,自炊場所で湯を沸かし,モンベル謹製カレーリゾッタを食す。望外に旨くボリュームもあった。お勧めですぜ。 

 1241,アタックザックだけ持って常念岳を目指す。今回の工程の中で一番ハードだったのがこのルートだと思う。アタックザックで行ったのは正解だった。テン泊フル装備とかで登れる自信,ありません。

 ほぼコースタイム通りに山頂をゲットするも,ガスで視界は全くなし。足場もあまりよろしくないので,早々に退散する。途中で雨が降り始める。アタックザックにレインウェアを入れ忘れるという痛恨のミスをしてしまい,そのまま濡れながら小屋まで戻る。

 その後は,にぎやかな小屋の中,「岳」を読んで過ごし,夕食後は,寝酒にカップワインを煽って床に入る。が,眠れない。3階に寝場所をもらい,布団1枚のスペースは確保したのだが,この小屋も無性に暑い。しかも布団が短くて足を延ばせない。加えて消灯の21時を回っても電気が消えない。山小屋泊まりはここが4か所目となるが,ここまで眠れない小屋は初めてだったかもしれない。平日とかなら,また印象は変わるんだろうか。いつか平日にここを訪れる機会はあるんだろうか。

 ・下山
 三日目最終日,4時過ぎ起床。0430頃から朝食にありつき,0500宿を出る。スマフォからタクシー会社に電話して,0815に来てもらうよう予約を入れる。

 出発時点で小雨,だったのでレインウェアの上だけ着て一の沢を目指す。ひたすらの下りで,幾度か沢を渡るルート。幾人かに抜かれ幾人かを抜き,下界を目指す。気を抜いて何でもないところでスリップしたっけな。

王滝ベンチ以降は鬱蒼とした森の中を歩む感じとなり,雨も本振りとなる。が,こういう雰囲気が嫌いではなく,なんだかワクワクしてしまうのはどうしてなのだろう。いつまでもこの時間が続けばいいのにと思いつつもタクシーの予約時間を勘案するとのんびりすることもできず,後半は結構すっ飛ばして歩き,0810頃下山。余韻に浸る間もなく,予約タクシーがやってきて,9時過ぎには穂高駐車場着。雨の中,登山靴をクロックスに履き替え,北アルプス初挑戦は無事に終わった。

 その後,周辺温泉情報を漁り,0930から営業していた安曇野しゃくなげの湯で汗を流し,あとはひたすら曇り空の下,中央道を戻って自宅を目指す。SAに入る度に雨が降る展開は萎えた。昼食に食べたローメンはゴムの食感であった。猛烈にぶっ飛ばしてる自動車の後ろに付いていったら,後ろから覆面がやってきて(以下略)

 ともあれ,二泊三日の工程を無事計画通りにこなせたことを,まずは喜んでおく。と共に,次の工程も考えなければなるまい。昨年の富士登山は,達成すればそれが一つのゴールであり,「あがり」であった。北アルプスデビューはまさに「デビュー」であり,この先にも歩くべき道程は果てしなく広がっているのである。

 次は槍でも目指すかね。

 

 

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2017年7月25日 (火)

北アデビュー戦 燕岳→常念岳 その1

 ・出発
 
0300家を出て穂高を目指す。コンビニでおにぎり等調達して名神に入ったのが0330頃。既にトラックがビュンビュン走っていて,しまった出遅れたかと思ったが,大した渋滞もなくそのまま進む。八日市辺りで小雨が降ったがすぐに上がった。日の出は・・・どこで見たっけな?恵那で休憩した時はすでに明るかった。

 穂高駐車場から中房温泉行バスの2便目は0753出発なので,これを目指して走る。バスに間に合うようにと高速をぶっ飛ばすのはなんか本末転倒という気もするが仕方ない。

 岡谷ジャンクションで長野道に入り,トンネルを抜けると,いきなりとんでもない山塊が視界に入ってくる。独り欝々とステアリングを握り続けて下がり気味だったテンションが,一挙に上がる。北アルプスが持つ魔力はやはりただモノではない。

 ・バス
 最後の最後で少し道に迷ったが無事0730頃現地着。駐車場は半分くらいの埋まり方で余裕。荷物を降ろし,クロックスからアルパインクルーザー2000に履き替え,まだ間があるかと思ってトイレを探しにうろうろ出歩いていたらあっという間にバスの時間になり,慌てて戻ると既にバスは待機中。

マイクロバスにここから乗り込んだ乗客は3組。平日なら空いてるじゃんと思ってたら,穂高駅,しゃくなげ荘と,随時客を拾っていき,最終的には補助シートを4つくらい使うほどの盛況になる。3分の2がグループ連れ,残りはソロという感じ。デイパック背負って日帰り登山な人もいれば,ヘルメット付けた大型ザックの人もいるが,大半は中型ザック背負った,私と同じ感じの登山者。

 穂高駐車場から中房温泉までは約
1時間。山道に入ってからは細いウネウネ道をひたすら上り続ける。運転手さんのハンドルさばきは神業的にスムースで乗っていて心地よい。1700円というバス料金は結構高いと思っていたが,乗ってしまうと納得の料金設定であった。

 ほぼ定刻の
0855終点中房温到着。車両後部から荷物を降ろし,いよいよスタート。

 ・中房温泉~合戦尾根
 結構多くの人々と共に準備を済ませ,9時過ぎに登り始める。天候は,この時点では晴れ。登山口を過ぎた辺りでいきなり下山してくる人たちとすれ違う。その後もぞくぞくとすれ違う。燕山荘で朝食取ってから降りてきたらちょうどこのくらいの時間になるのか。私と同じウエストポーチを付けたオバチャンが前からやってきて「うわ,同じやね!!!」と凄く嬉しそうに声を掛けられる。まあ,モンベルやしなあ。

 上からは中学生と思しき集団もやってくる。平日というのになんかもう大変である。適宜置かれた休憩ベンチも混雑しがちで座れない。惜しいのは結構ごみが落ちてること。キャンディーの包み紙的なブツが点在している。一般ルートだしある程度仕方ないのかなとか思っていたら,下から上がってきたガチテン泊装備のオニーサンがしこしこ拾いながらもの凄い速さで登って行った。当然オニーサンの後にはゴミ一つ無し。素晴らしすぎる。見習おう。

初北アルプスと凄い人出で舞い上がりながら登り続けるうちに気が付くと天候は曇り空でガスに囲まれている。富士見ベンチに着く頃にはすっかり展望も無くなり,富士山なんて見えやしない。槍の先が見えると噂の合戦小屋でも展望は無し。でも,スイカはあり。一切れいただく。ちょうど昼時になったので,皆さんうどんとか頼んで食べている。ここってスイカしか売ってないんだと思ってたんだが,普通に食事もできるのだな。関西に点在する「山小屋」とは,概念がそもそも違う模様。

ところで,私は合戦小屋から先が北ア三大急登だと思っていて身構えていたのだが,この先はそれほどでもなく,登りが続き,そのうちガスの向こうに何やら人口建造物が見えると思ったら,燕山荘にたどり着いた。合戦尾根の急登は,合戦小屋までってのが正解だったんだろうか。

で,たどり着いた燕山荘からはとんでもない絶景が待ち構えていた。

・絶景
 とはいえ,残念ながらあの絶景を言葉で表すだけの筆力が私にはない。ので,マジ凄いから!とだけ言っておく。行く価値あり。行かない奴馬鹿。ぜひ行ってくれ。

 ・燕岳
「趣味悠々」で田部井淳子さんとルー大柴さんがここに登っていたのは
8年前。私の中に「つばくろだけ」の名前が刻まれたのは確かにあの番組のおかげだった。ストックを積極的に愛用しているのも,あの番組のおかげかもしれない。

いろいろな想いをもって山頂に立つことができた。ここに来させてくれた家族達への感謝。この場所の魅力を教えてくれた田部井さんへの感謝。ありがとうありがとう。

・燕山荘
 ご存知大人気山小屋である。ネット予約していたのだが,フロントの端末に電話番号を入れるだけで,データがすべて印字された宿泊票が出てきて,サインするだけでOKというシステム。これって下界のビジホより進んでるんじゃねえの?

部屋は一番奥の大槍の上段。定員8名くらいだったが,3人組パーティーとソロ男性,私の5名で,相応にゆとりをもって寝場所の確保ができた。玄関付近に戻ると人でごった返している。テラスも大賑わいで,あちこちで宴たけなわである。おまけにNHKが翌日の生中継に備えてリハまでやってる。なんだか「山小屋」とはかけ離れた空間になってしまっていた。小屋の周りにある散策路に出ると,人も少なく落ち着いていたので,適当な岩に座り夕食の時間までぼんやり絶景を眺めて過ごす。

大勢の人に揉まれて夕食。アルペンホルンも聴かせていただき,なるほど,この食事と雰囲気があれば,そりゃ人気ナンバーワンになるわなと実感する。人が少ないときにもう一度訪れてみるのも悪くないかもしれない。

食後は・・・どうやって過ごしたっけな。空はガスっぽかったので星空はないだろうと早めに部屋に戻り,軽く同室の皆さんとディスカッションしてから枕に頭を付ける。非常に眠い。が,部屋が非常に暑く寝付けない。館内では普通にドコモの電波が届くのでスポナビでバファローズがじりじりとイーグルスに追いつかれサヨナラ勝ちされる様を見守り続けながら次第に意識を失う。

ちなみに,同日に燕山荘に泊った方のレポートだと,20時頃には満点の天の川が観望できたらしい。嗚呼・・・

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2017年3月 6日 (月)

寝屋川ハーフマラソン2017

 嗚呼,一週間経過してしまった記憶が薄れていくが大丈夫か?

 0540起床し,0600過ぎに家を出る。我が家から寝屋川までは,直線距離なら近いのだが,間に淀川を挟む関係上,一旦京都もしくは大阪に出なければならず,時間がかかるのである。堺筋線の南森町からJR東西線に乗り継いで東寝屋川を目指す。最初はガラガラの車内だったが,乗り継ぎ駅でどっと人が入ってくる。日曜の朝の通勤電車がランニングシューズはいた集団で埋め尽くされる有様は,やっぱなんか変である。

 駅から徒歩5分ほどで会場の公園。前回,前々回と早く着きすぎたので,今回はゆっくり目に出てみたら,会場はすでに人でいっぱい。受付を済ませ,ゼッケンを取り付け,着替えようと周りを探すも,更衣スペースが見当たらない。
 突っ立っていたガードマンの人に聞いたら「更衣室?ないんちゃいます?みんなその辺で着替えてるし」とつっけんどんに言われる。そんなアホなと思ったけど,確かにその辺で着替えてるオッチャンとかいっぱいいるので仕方なく私も手早く着替える。アンダーウェアにジャージ一枚,その上にユニの予定だったが,なんだか暖かかったのでジャージは割愛し,ジオラインの上に直接コーディエハイクラスを着用した。そういえば,今回のヤキユウユニは,ひたすらタイガースばっかりだったな。走ってるとき一度だけ沿道のオバチャンに「あ,オリックス!」と言われたのが唯一いただいた反応であった。

 その後,荷物を預けようと,今度は運営スタッフらしいお姉さんに場所を聞いたら,ここからちょっと離れたグラウンドにあると,今度は丁寧に説明を受ける。で,指示されたグラウンドに行ってみれば立派な更衣用テントがいくつも並んでいたというオチであった。

 荷物を預け,トイレ列に並ぶ。スタート30分前になったようで,セレモニーが始まる。谷口キヨコさんがガシガシ喋りだす。森脇健司さんも話している。大阪の大会という感じが色濃く出る。それはいいのだが,トイレ列の進みが遅い。なんだかんだで終わったのがスタート10分前。慌ててスタート場所に移動を試みるも,人混みでなかなか正規のポジションにたどり着かない。必死でかき分けて前に進み何とかスタートポジションについたのが3分前というバタバタであった。ストレッチはおろか,一息つく暇もなく号砲が鳴りスタート。

 今回は1時間55分目標で申告したら前から二番目のブロックを割り当てられ,速そうな人ばかりに囲まれた。おまけにクォーターの人たちとも同時スタートということで,最初のアップダウンでガンガン抜かれる。独り抜く間に3人に抜かれる感じ。最初の1㎞は集団でやり過ごし,その後はペース配分に気をつけて走り。

 和歌浦の際は「最初に飛ばしすぎない」というのを忠実に守りすぎてタイムが出せなかったので,2kmあたりからは5分代前半を目安に走る。それでもガシガシ抜かれていく。和歌浦と比べ,本格的に走っている人が多いかな,という印象。私はボトルを巻いて走ったのだがそんな人は皆無。皆記録狙いなんだろうか。

 坂が多いというのがこの大会の売りで,確かに多い。前半は住宅街の坂道をウネウネ抜けるコースがあり,地元開催という雰囲気があってなんか面白い。7㎞くらいで折り返し,クォーター組と別れてからはコース上も余裕が出てきてペースを保つことができた。

 後半は高速道路の側道をゴニョゴニョ走る感じ。景観は望めないが,沿道の声援は途切れずに続き,なるほど,こういうところで評価が高いのかなと思った。

 そのままペースは保ち続け,15㎞を過ぎた辺りからは明らかに抜かれるより抜く方が多くなる。この日は過去2回の大会と比べ,身体のコンディションが一番よかった。和歌浦では風邪の引き始め,神戸では膝の痛みを抱えていたが,調整がうまく運んで今回は不安はなかった。前日の無理なカーボローディングもやめてみたら,胃がもたれることもなく,快適。

 とはいえ,コース最後の難関である上り坂は流石に厳しかった。この区間だけタイムもキロ当たり5分38秒台となり,もう嫌だもう嫌だと唱えながら登り続けることになる。登り切ったらあとはゴールまで下り坂なのだが,スパートをかけるゆとりもあまりなかった。それでも気力を振り絞って何とかゴールを目指す。関門の時計がギリギリ1時間台であるのを確認してゴール。3度目の今回は,ようやくゴール後にコースにお辞儀をしてから退場することができた。

 ポカリ1本と無料配布のヤクルトをいただき,記録証をもらう。目標だった1時間55分には届かなかったが,それでもこのコースで2時間切れたんだから十分だろうと満足する。フラフラのまま着替えを済ませ,1130頃退場。

 というわけで,今シーズンの大会出場はこれで終わりである。おそらく来年以降,大会に出ることはもうないと思う。今後は山に登る体力を付けることだけを目標に走ることになろう。来年の冬は,ちょっとまともな雪山に行ってみたいものである。

 1年後,どうなってるのか知らないけど。

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2017年2月 1日 (水)

インフルエンザ戦記~2017冬

 五十路のオッサンの闘病記にどれほどの価値があるのか知らんが,まあ,アレだし残してみるか。

 一日目(木)
 0600起床。起き抜けから肺の底の方に微細な違和感有り。ヨメがずっと咳風邪を引いたままだったので,それをもらったのかな,とため息をつき,着替えてルーティーンの30分走。無理せずいつも通り5kmちょっと走る。

 一応マスクは装着して出社し,午前中は普通時々咳,程度であったが1500頃から,なんかこう,身体及び体の周りの空気が重くなってくる。無理せず定時で上がり帰宅。

 夕食を取り熱を測ると37.3。平熱が低めなのでこれでもちょっとしんどいのである。入浴し,養命酒とショウガ湯を飲み,食欲はあったのでポッキー一袋と山歩き行動食用ナッツ小袋を平らげる。歯を磨いて枕に頭を置いたのが2130頃?その後の記憶が全くない。夜中に一度起きたっけな?熱っぽかったな。

 二日目(金)
 体温37.7。インフルエンザということはなさそうだが,念のため職場は休むことにしてlineで報告。家族達を見送り10時頃かかりつけ医院へ。

 窓口で「ちょっと風邪かも」と告げたら,途端に受付の全員がマスク着用。「職場や家庭にインフルエンザの人いますか?」「いません」・・・と言っても「嘘だろお前?」みたいな目がマスクの向こうに並んでいる。

 待つこともなく診察。鼻の奥に綿棒を入れられ泣きそうになってから数分でA型と判定される。はー・・・

 ささっとリレンザ二つが用意され吸引を済ませる。熱が出たらどんどん落とせと言われ頓服5回分をもらって帰宅。

 ベッドから自分の布団と枕をはがしてベランダに干し,和室のコタツに潜り込む。ヨメが帰ってきてから,コタツ部屋にマットを敷いてくれて,正式隔離部屋にしつらえてもらい,以後,その部屋での生活が始まる。

 とはいえこの日はほぼ眠っていた。ふと気を抜くとスーッと持っていかれる。熱はそれほど上がらず,37.9くらいが最高だったが,頓服を飲んで下げる。それでもしんどいのでひたすら寝まくる。

 

三日目(土)
 滅茶苦茶にいい天気。本来であれば近郊の雪山に上がる予定だったのだが,すべてパー。相変わらず体はだるく腰や太ももの筋肉痛が惨い。発熱の副作用らしい。「この世界の片隅に」と「メカ豆腐の復讐」をパラパラ読みながら過ごす。久夫君の替え歌がツボり,脳内ヘビーローテーションになって困った。

 昼頃38.3を記録。これが今回計測した最大値。39度台にはいかなかった。歳のせいだろうか。

 熱があるときも食欲は落ちず,それどころかただ寝てるだけなのに空腹で仕方がないので,どんどん食べる。白血球に栄養を送っていたつもりなのだが効果はあったんだろうか。

 夜,修学旅行からチョーナン君が帰ってくる。ヨメ,ジナンと楽しく語らっている様子を隔離部屋でぼーっと聞いていた。

 四日目(日)
 熱は37度台前半まで落ちた。スーパーヒロインタイムのチェックをリアルタイムで行い,まほプリの最後を見届け,隔離部屋で過ごす。熱は引いたが身体の痛みが全然ひかない。アミノバイタル飲んだら治ったんだろうか。

 引き続き読書と,アマゾンプライムを使ってスマフォでアニメやドラマを観てみる。便利な時代になったものである。これに限らず,闘病中はずっとスマフォをいじって過ごしていた。そうやって離れずに一緒にいて初めて気が付いたのであるが,私のスマフォ,細かい傷がいパイついているのだな。そろそろ買い替えだろうか。

 五日目(月)
 ヨメとジナンは定刻通り出ていくが,チョーナン君は修学旅行振替休みで家にいる。昼頃起きてきてアニメとか見ている。私も隔離部屋でドラマ三昧。wowow版の「マークスの山」。前日に1話見てこの日残り4話を一気に見た。合田については映画版よりはるかに説得力はあったが「彼」の狂気は全然だった。もっと行ってくれてもよかったのに。山岳シーンも今一つ。

 熱は落ちたが身体がひたすらだるく,,未だ体内で何かが何かとバトルを続けている感じ。腰の辺りが焦土と化し,横になっても痛みが取れない。さりとて座ろうにも隔離部屋には椅子も座椅子もなく,きちんと座れない。

 夜,寝ようと思ってアマゾンプライムをコチョコチョ触ってて,続編の「レディ・ジョーカー」全7話を見つけてしまう。困った困ったと言いながら1話だけ見て眠りにつく。

 六日目(火)
 最終日。

 なれど,倦怠感はまだまだ続きている。これで明日から社会復帰できるんだろうかと心配になる。治りが遅いのは,まあ,歳だしなあ。

 この日は日中家に誰もいなかったので,一人茶の間で「レディ・ジョーカー」を見続ける。「マークスの山」よりもこちらの方が原作を丁寧にトレイスしている感じがあり,好感が持てた。これの劇場版は見てないのだが,多分ドラマ版の方が上なんじゃないかと思う。ただ,泉谷しげるの物井は違和感あった。スレンダーな城山社長もなんだかな。いっそのこと,二人の配役丸ごと変えてもよかったんじゃないかと,物騒なことを考える。

 結局,最後まで倦怠感は取れないまま,最後の日は終わった。翌日すなわち本日,職場に復帰したが,身も心もふわふわしたままで落ち着かず,帰宅して飯食って風呂入って,ようやく身体が自分のところに帰ってきたような感覚を取り戻し,これを書いている次第である。

 結局,39度台とかの高熱は一度も出ず,食欲も全く落ちない,だがしかし,異様な倦怠感はずっと続くという,まるでブルックナーのシンフォニーのようなインフルエンザであったな。次はショスタコービッチみたいなのにしてくれ,頼むよ。

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2017年1月10日 (火)

レガシー頼みかよ・・・

 年末,ウルトラマンオーブの完結を見届けた。その余韻で年末年始,ウルトラマンXもアマゾンプライムで全22話視聴完了。

 まずはオーブから。やっつけ隊が背後に回って出てこないという,ウルトラシリーズの概念をひっくり返す設定はなかなか面白かった。SSPの三人,戦士人間体二人のお芝居もなかなか手堅くて破たんがなかったのは好印象。特にキャップを演じた松浦雅の好演と,ジャクラーを演じた青柳尊哉の怪演は強く心に残った。

この作品の不幸は,シン・ゴジラと真正面からぶつかってしまったことだろう。相手は最早日本特撮史上に燦然と輝く金字塔的作品として語り継がれることは間違いない,屈指の名作であり,予算が潤沢に取れない30分テレビシリーズが,東宝屈指の最強劇場映画しかも庵野監督作品,に戦いを挑んだところで到底勝ち目はない。前述した「捻った初期設定」も,ひょっとすると正面衝突を避けるための変化球だったのかもしれないが,残念ながら焼け石に水でしかなかった。

また,終盤になって突然ビートル隊が表に出てきて「作戦」とか始めたのには正直鼻白んだ。せっかくのユニークスタイルは完遂して初めて意味がある。最後に逃げては元も子もない。加えて戦士人間体の立ち位置の不安定さも最後まで解消できず,なんだかすっきりしない終わり方となってしまった印象は否めない。

総体的な評価としては,よく頑張ったけどあちこち詰めが甘い,という感じかな。30分枠のテレビ番組の中でできる,これが精いっぱいなのかもしれない。

続いて,ウルトラマンX。こちらは,防衛組織を前面に押し出し,メカ物もてんこ盛りで出てくる。変身デバイスもなかなかに力作で,これらの方向性がオーブで否定されてしまったということは・・・売れなかったんだろうか。まあ,未だに近所のイオンの玩具売り場で変身デバイス売れ残ってるしなあ可哀そうだし買ってあげるかなあ。

 特撮も,とても頑張ってる。ビル街のディティールは,精密模型とは別次元かつCGに頼ったデジタル画面とも異なる,日本の特撮が受け継いできた美しさをたたえており,正直これを観るだけでもお金を落とす価値はあると思う。

 加えて,例の20話である。このエピだけブルーレイにして売ってくれないものだろうか。5万くらいなら出してもいい。マジで。

Xの最大の難点は,役者の芝居にあろう。正直,1クール目は見ていてかなり厳しかった。2クールに入ると相応にこなれては来たものの,ヒロインとがってんてんネーちゃんの違和感は最後まで拭うことができず,残念。オーブのキャスティングはこの辺りの轍を踏まぬよう配慮されたのであろうか。

ともあれ,細々とではあるがウルトラシリーズがこうして受け継がれていくことは喜ぶべきことだと思う。が,両シリーズ,もっと言えばマックスからオーブに至るシリーズ全てが,過去の遺産に頼りながら続いているところが気がかりである。最後の,オリジナル設定ウルトラシリーズはネクサスということになるわけか。ネクサスから最早13年。そろそろ完全新作に期待したいところである。

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2016年11月30日 (水)

第6回神戸マラソン 小ネタ編

 ・ヤキユウ
 今回はたくさんいたよ!ヤキユウユニ!

 とはいえカープとタイガースばっかり。印象としては,カープ5割,タイガース4割,その他1割という感じ?ファイターズの中田翔ホームユニ,マリーンズ角中Tシャツを抜いたのは覚えている。イーグルスもいたけど,ビュッセルとごっちゃになって見分けがつきにくかった。

 ヨメ曰く,バファローズも結構いたけど,ほとんどが配布ユニ。アンタ以外だと,糸井のサイン入りハイクラスがいたわ(猛者!)とのこと。スタート行列時,前のブロックに川端ハイクラス地球ユニを見かけたが追いつけなかった。カープバリントンもいたけど,コイキングの被り物装着してたので,ユニはお飾りだったかも。

 20km辺りで,T-岡田ホームユニランナーを抜いたら,すぐに並んでこられてしばし談笑。「ボギーユニってほかにも走ってますかね?」「球場にもおらんのに,いるわけないやん!」的なお話をして,その後先に行かせてもらったんだけど,かなり辛そうだった。ゴールまで行けたかな? 

・高温多湿
 前回も書いた通り,スタートは最悪のコンディションだった。元町を過ぎた辺りから晴れ間も出ててきて,須磨のあたりまでは汗ダラダラ。海辺に出たらは風が出て日も陰り,その後はまだマシだったかな。

 フラワーロードから湊川神社辺りまでは,体感的にはアッという間だったが,須磨で海岸線に出てからは,ひたすら長かった。特にいくつ目かの高架を上がり,明石大橋が視界に入ってから実際にたどり着くまでの長さは控えめに表現しても絶望的としか言いようがない。 

・一生モノ
 須磨海浜水族園からハーバーランドまでのルートは,個人的に土地勘のない場所。足が止まってしまったのも,スマフォ取り出してヨメに電話して「ワシもうあかん死ぬかも」と危急時遺言を始めようとして怒られたのも,喉がカラカラになってコース脇自販機でペットボトル水を買ったのもこの辺り。で,自販機から数百メートル行くと,給水ポイントがあったというオヤクソクも体験。

 というわけで,朦朧と彷徨ったこの区間のことは断続的にしか覚えていない。が,「バファローズがんばれー」と言われて沿道を見たら,BsGirls総勢15名が私に声援を送ってくれていたことと,カートに座ったヨボヨボのお婆ちゃんがランナー一人一人に向かって「ありがとう ありがとう」と唱えていた光景は,生涯忘れない私の宝物。

 ・後押し
 ハーバーランドに入り,声援も大きくなって少し挽回。オーエン中のヨメ及びジナン君を見つけ,水が少し残ったペットボトルを渡す。ジナン君曰く,激烈に不味い水が入っていたらしい。旨かったけどなあ。

 浜手バイパスの坂を途中まで走り,そして失速。これもオヤクソク。そのあとマジでぶっ倒れそうになる。まっすぐ歩けないくらいの状態で,今にして思うと貧血症状がきつめに出ていたのであるが,フラフラの頭できちんと自己診断できるわけもない。何度も休み,座り込み,屈伸し,歩き,時々走るを繰り返す。

 この区間,沿道にはボランティアスタッフしかいない。が,彼らの声援がそれはもう凄かった。断言するが,彼らの声援による後押しがなかったら私は橋の上でリタイヤしていたと思う。

 走っている人たちは一生懸命,応援する人たちも一生懸命,支えるボランティアの人たちも一生懸命。こんなイベントに出るとね,癖になりますよこれは,困ったことに。

 下りに入ってからは復活し,基本走ってゴールまでたどり着いた。映像で自分のゴールを確認すると,偉そうにガッツポーズとかしてる。つくづく矮小な人間であろうあるよなあ。

 ・忘れ物
 前日受付のイベントブースで,アシックスが大会記念限定キャップを販売していた。悩んだ末に買わなかったのだが買えばよかった。

 長田の某鉄人モニュメントと須磨沖の大漁旗応援を見損ねた。

 ゴール後,コースにお辞儀をするのをすっかり忘れていた。人としてダメである。

 学生時代にお世話になった神戸の街に,少しでも恩返しがしたかった。震災の時,何もできなかった,そのお詫びも含め感謝の気持ちをもって走らせてもらおうと思っていたのだが,実際には神戸の皆様の声援に勇気づけられてゴールまでたどり着いたという有様。恩返しどころか,ますます恩が増えてしまったのである。

 受けた恩はきちんと返すのが人の道。だから来年もエントリーしよう。落選したらボランティアスタッフに応募してみよう。

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2016年11月28日 (月)

第6回神戸マラソン

 長丁場レースなのでダラダラ書き始めるといつ終わるかわからないので,敗因をメインにポイントだけ記録しておく。

 まずは前日。カーボローディングと称して昼食丼飯,夕食にパスタを食って,レース当日どうにも胃がもたれていた。和歌浦の二の舞。学習能力ゼロ。前日は何もせず,午後は,事前受付に費やしたのだが,これらの時間を使ってこまめに水分補給をしたほうがよかったと思う。

 当日は0600に家を出て,現地に0730到着。着替えを終えスタート位置についたのが0800くらい。これも早すぎた。スタートまで1時間,ずっと立ちっぱなしだったのである。足への負担も相応にあったものと思われる。
 混雑との勝負になるから微妙であるが,もう少し遅く現地入りしたほうがよかったのかもしれない。少なくとも,スタートラインには制限時間ぎりぎりで十分。当然後方スタートになるが,私レベルのランナーには微細な差にしかならないであろう,ははは・・・

 気温20℃,湿度90%という当日の環境も,まあ敗因の一つにはできるだろう。スタートしてから15分ですでに汗だくだった。その後も汗は書き続け,こまめに給水所で水は取ったつもりだったが,結局30㎞付近で脱水症状一歩手前みたいな状態になり,コース横路上でペットボトルの水を買うという暴挙に出る羽目に陥った。

 和歌浦ではボトルを腰に巻き,給水所は全無視で走ったのだが,この方式の方が私には向いていたのかもしれない。次はボトル運ぶか。yurenikui買うか・・・フルに出るなら買うべきだろうな。

 CW-Xのタイツも敗因の一つだと思う。個人差があるのだろうが,どうも私には合っていない気がする。血流が滞るのである。27km辺りで足が止まり,座り込んだとたん,ザーッと下半身に向かって血が流れるのが分かった。独り30km走を敢行した際にも同じ経験をしている。やはり学習能力ゼロなのだろう。

 膝や腰に不安はあるが,そこはテーピングで逃げて,タイツ無しでの30km走を,一度やってみようと思う。

 ・・・というわけで,散々なフルマラソンデビューとなった。27km付近でトイレに行ったのを機に足が止まり,そこから約10㎞はトボトボと歩き,時々走り,止まって座り込み,の繰り返し。目標タイム4時間30分など夢のまた夢の5時間30分(しかもネットで。ここ笑うところ)。角田光代に完敗。悔しいがこれが自分の実力。

 浜手バイパスを何とか上がりきったところで,はるか彼方に真っ赤な神戸大橋が見えた時には,「リタイヤ」という言葉もよぎった。が,ボランティアの皆様の声援に後押しされ何とか渡り切り,下りにかかってからは,ゴールまで,基本走ることができた。

 脱水症状と貧血に見舞われフラフラとなった大橋の上では「二度とフルなんて走らない!」と強く思った。が,無事ゴールして,時を経てみると,思い出されるのはスタートからゴールまで,沿道から絶えることなくいただいた声援ばかりである(BsGirlにもらった声援が一番効いた。次点は・・・ヨメとジナン君)。あの声援にもっとちゃんと答えられるよう,もう一度挑戦すべきじゃないだろうかと,身の程知らずが考えがむくむくと湧いてくるのをどうにも抑えられない。

 こうやって書いていると,改めて自分の気持ちが整理できる。ほうほうの態で醜態をさらまくりしながら,私にはあの5時間30分がとても楽しかったのだ,と。

 来年も,応募だけはしてみようと思う。神戸だけじゃなく,京都,東京にもエントリーするかな。やっぱyurenikui買うかな。

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2016年10月28日 (金)

和歌浦ベイマラソンwithジャズ参戦記 小ネタ編

 ・ヤキユウ
 ヤキユウのユニを着て走ってる人をあちこちの大会写真で見ていたので,沢山いるんだと思っていたが,全然いなかった。新井のカープビジユニと,黄色タイガース44番(・・・バース?)を見かけただけ。バファローズは皆無。駅を降りた時,3年ほど前のBsCLUB特典リュックを背負ったオニーサンを見かけたが,あっという間に見失った。
 かくいう私はボグセビックTシャツで走った。当日の気候はうす曇りで,Tシャツ一枚でちょうどいいくらいの気候で助かったが,来月の神戸はどうしたものだろう。

 ・補給
 ベテラン男子ランナーと初心者女子ランナーの二人組と少しくっついて走る機会があったのだが,男子が女子に「給水所では必ず水を取って取りましょう!」とアドバイスしていた。
 そういうモノなんだろうか。正直5kmとかでは全然喉乾かないし,不要だと思う。今回は500mlのボトルを括り付けて走ったのだが,走り終わっても三分の二くらいは残ったままだった。
 が,ゴール後におばちゃんから手渡されたポカリスエット500mlはその場で飲み干してしまったのでやはり給水はこまめにした方がよかったのかもしれない。他にはミカンと梅干を一個ずつもらって,何故か手に持ったまま自宅まで帰ってしまった。ああいうのはその場で食さないとダメだよなあ。いや,家で食べてもおいしかったけど。 

 ・体調
 当日の体調はベストではなかった。風邪をひきかけていて喉の奥に違和感があったのが一つ(その後悪化して,火曜日から発熱してしまった。)。前日,カーボローディングと称して,白米をたらふく摂取し,大福餅とかも食べた結果,どうにも胃が重かったのが一つ。
 カーボローディングの効果のほどはわからないが,途中,メダリスト1枚(と,カウントしていいんだよな?)収めただけで,燃料切れにはならなかったのは事実。走り終わった後も空腹は覚えず,そのまま帰宅してしまったほど。
 とはいえ,胃のもたれを気にしたまま走り続けるのもなかなかに辛かった。次はこの辺をうまく調整できればと思う。

 ・次回
 上に「次は」と書いてしまった。確定している神戸マラソンを除いて「次」はあるんだろうか。
 3月から10月はヤキユウシーズン,11月から2月は登山シーズン,と捉えていたのだが,正直真冬に山へ行くより走った方がいろいろ効率的なのかもしれないと思い始めている。2月の終わり辺りで,もう一回なんか出てみるかなあ・・・ 

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2016年10月27日 (木)

和歌浦ベイマラソンwithジャズ参戦記 その3

 というわけで,この大会の特色はモチロン「with Jazz」にある。これが無かったら私は参加しなかったと思う。走る前は,あちこちにビッグバンドが待ち構えていてグレン・ミラー辺りをやっているのかと思っていたのだが,実際にはコース上の何カ所かでコンボセッションをやっているという感じだった。

 屋外でのセッションということで,ベースやキーボードは電化。ボーカルが付いているところもあった。ということで,私が求めている「Jazz」とは微妙に違ったんだけどまあ仕方ないだろうとは思う。路上でひたすらフリーフォームやられても困るだろうしやってほしいけど。

 沿道には途切れなく人がいる。頑張れ頑張れと声をかけてくれる。坂の頂上辺り,老人ホームの住人と思しきオジイチャンオバアチャンがとても嬉しそうに手を振ってくれた。少年が必至でランナーにミカンを配っていた。終わってみればJazzよりもそういう何でもない応援の方が私の心に残っているのは不思議。

 11km付近からペースを上げる。1㎞辺り5分20秒くらい。メダリストをこの辺りで補給。コース上の人もまばらになってきたのでじゃんじゃん抜かしていく。最後のスパートをいつから始めるのか,走りながら考え,残り3kmから始めることにした。というか,それより前からダッシュ掛けるのは無理だろうとヒヨっただけであるが。

 峠を下ってフラットになった路面をひたすら走る。マリーナシティへの橋の登りもペースを落とさぬよう走る。歩いている人も結構増えてきて,なんだかのんびりした雰囲気が漂う中,必死で走るオッサンというのは無様であるよなあ。

 橋を超えマリーナシティに入った後はひたすら前だけを見て走った。あとで調べたところゴール付近はポルトヨーロッパの洒落た建物が立ち並ぶ場所だったらしいが,何の記憶もない。最後の1kmは4分後半で必死で走って無事にゴール。嗚呼だがしかし,タイムはネットで2:00:46。この46秒,何とかならんかったのかと悔いてみてもどうにもならない。

 ゴール地点はひたすら人が右往左往していて大混雑。短距離は今からスタートらしい。荷物を受け取り着替えを済ませたら,食事をする気力もなくてそのまま海南駅行バスに乗り,JRで帰宅,車内で爆睡し,15時ごろ帰宅して,私の初マラソン挑戦は終わった。

 というわけで,いざゴールを抜けてみれば無事走り抜けた喜びなんて全然なくて,後悔ばかりが残った初レースとなった。まあ,何事も初めてというのはそういうことであろうかなあと胸に手を当てていろいろ振り返ってみる51歳。明らかに前半でペースを落とし過ぎたのがこのタイムにつながっている。もうちょっと考えれば短縮できたはずだと,嗚呼,なぜ私は次に向けての精神的準備を始めているのだろうかどうしたもんじゃろのお。

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2016年10月25日 (火)

和歌浦ベイマラソンwithジャズ参戦記 その2

 モゾモゾ動き始めた列は,スタートライン通過と同時にワッサワッサと走り始める。私も併せて走り始める。ガーミンを見ると1km辺り6分ちょっとのペースでまずは始まった模様。アップしてないこともあり,しばらくは周りに合わせてついていく。

 仲間で喋りながら走る人もいるが,大半は無言のまま黙々と走り続ける。時折風が吹くと,皆のゼッケンがガサガサと一斉に揺れる。どうやらボッチ参加者は私一人ではなく,かなりの参加者がそうであるらしいと,走り始めてから気がついた。こちとら大会は初めて,ラン友も皆無,人とガチで走るのは高校以来。一人きりで家の周りを走り始めて2年ちょっと。世の中に走っている人が多いとは聞いていたが,そういう人が一カ所に集まり一斉に走り出すというのは,なんだか凄いことであるなと心が少し踊る。

 大会エントリー時に申告したタイムは2時間10分だったので,おおむねこのくらいの走力の人が集まっているんだろうと思うが,当然のことながら走力の差はある。抜きつ抜かれつを集団内で続けながら進んでいく。ややペースが遅いかも,と思ったのは2kmほど走ったところだったろうか。この辺りからペースのよさそうな人の背中を見つけてついていくことにする。こちらが3人抜く間に1人に抜かれる,くらいの攻防がしばらく続く。

 右太もも付け根に痛みを感じたのもこの辺りだったか。これまでのランでは経験したことのない痛みだったので焦った。ストレッチをサボったのが災いしたのだろうと思うが,そのうち消えていたのでよしとしよう。

 コースは港湾内をうねうねと周回して距離を稼ぐ。先頭集団と,とてつもない速度ですれ違う。そのまますれ違いを繰り返し,折り返しを過ぎ,自分より後方のランナーたちともすれ違う。最後方には今にも倒れそうなオッチャンが,それでもすごく楽しそうに走っていた。どこまで走ったんだろう,あのオッチャン。

 5kmで最初の給水ポイント。取りに行く人が大半だが私はボトルケージを巻いて走っていたので無視して進む。ハーフの距離なら500mlの水分補給で何とかなるのは実証済み。天候も,スタート近辺で少し晴れ間が出たが,その後は曇りで気温も上がらずでまずまずのコンディションだった。

 5km過ぎた頃から歩き始める人が出てくる。全然練習してなければこの辺りが限界かもしれない。私はまだ余裕はある。というか,余裕があり過ぎなのかな,とぼんやり焦り始めるが,まだ不安はなかった。港湾周回路が終わると登りが始まる。コースはネットである程度予習していたので織り込み済み。予定通りここから少しギアを上げてみる。いい感じで先行ランナーを抜いきつつ,第一関門を無事通過。給水ポイントは全部無視して坂を上り続ける。今11kmだよ,あと10㎞だよ,と声を掛けられたのも坂道の途中。あれ,今で1時間超えてるってことは2時間切りヤバいじゃん,と慌てたところでもう遅いのであった。

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