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2006年12月31日 (日)

これが大晦日の一面トップかよ・・・

 久々のサヨク発言なのである。

 思えばコイズミくんが退場してからこっち、全然サヨク発言を書かなくなっているのである。それはすなわちアベくんがリベラル寄りだから・・・ではなくて、良くも悪くも最小としてのインパクトがコイズミ君に比べて薄いというコトだと思う。いちいちコメント書きたくなる発言とか、ないんだよね。ま、どうでもいいんだけど。

 さて、本日のトップ記事である。京都新聞のそれはフセインの処刑だった。多分、他の新聞もそうなんだろうと思う。

 これであの国の民主化は進展するだろう、ってのはジョージくんの発言。

 人が人を殺め、それによって「進む」民主化にいかほどの意味があるのかと小一時間・・・

 21世紀って、もっと夢のある時代になるんじゃなかったっけ?

 で、これは決して対岸の火事ではなく、この国に於ける死刑判決が出た数も、今年は歴代1位だったそうだ。厳罰化の方針が反映された証だと新聞は述べている。

 その数44名。

 年間44人の人間が国権側から「オマエ、殺すから」と宣言されたわけだ。で、その一方で自死する人々の数も減りそうにない。

 国内に「生きていくことが出来ない人々」をゾロゾロ製造した挙句に「美しい国」とやらができあがるんだろうか。

 そんな国、いらねーよ、と思うのはサヨクの小生だけなんだろうか。

 

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2006年12月29日 (金)

ドロナワ年末かよ・・・

 このタイミングで年賀状を作り出すのが悪いのはわかってるんだけど、そうなっちまったんだからどうしようもないのである。

 というわけで、先ほど手持ちのデジカメデータをちょちょいと30分ほど加工して、原稿自体は完成したのである。今更あがいてもどうしようもないのでヨメも諦めたのか、初稿にちょちょいと手を入れただけで簡単にOK出たのである。

 ラッキー、とばかりに印刷を始めたのである。まずはコピーしで例刷り。

 ヘッドは動くけど印字されず。

 ま、しばらく使ってなかったから仕方あるまい。カートリッジをカラーもモノクロも取り替えて再度印字。

 ヘッドは動くけど印字されず。

 はは、ま、こういうこともあるわな。とりあえずは鬼のようにヘッドクリーニングぢゃ!ついでにギャップ調整じゃ!これでどうじゃ!

 ヘッドは動くけど印字されず。

 ・・・ちゅーか、ヘッドクリーニングの時点で何やら怪しげな音がマシンの中から聞こえ始めたのである。まるでコビトさんがプリンタの中でエアソフトガン持ってサバゲーやってるみたいな音。

 はー、5年ほど年賀状作成マシンとして活躍してくれたこの機械も、ついにお役目を終えたか。明日は朝から電気屋回りか。


 さあて、何買おっかな〜!どうせならDVDにプリントできるやつがいいな〜!

 

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2006年12月25日 (月)

今更ツンデレかよ・・・

 今年の秋から冬にかけ、ヨメは強烈なウィルスにやられたのである。未だに症状は収まらないのである。

 「のだめウィルス」、なのである。

 ドラマで感染し、同じエピを何度も観ているのである。アホである。

 小生が出先のブックオフで見つけた単行本を与えると、必死で何度もムサボリ読んでいるのである。バナナを投げてもらったサルである。

 密林からピアノ譜まで取り寄せているのである。ビョーキ、である。

 小生はというと、これをずっと静観しつづけていた。ドラマは最初の5分だけつき合ってリタイア。単行本も20ページほど読んで挫折。何が面白いのやらさっぱりわからない。

 ま、我々夫婦の趣味が合わないのは今に始まったことではないので(というか、小生の趣味にぴったり合わせてくるヨメがいたら困ると思う。人間としてかなり。)別にいいかと思っていたのである。

 さて、今年のクリスマスイブであったところの昨日。ヨメ、一人沈没したのである。ノロわれたわけでは無かったようだが、なんらかの風邪のバイキンにやられて発熱→午前中ケーキを焼いたところでダウン。

 仕方がないので昼から小生がガキ二人つれてスーパーに行き、フライドチキンと適当な惣菜を買ってきて夕食はおしまい。ガキ共といっしょにヨメも就寝。

 思いがけず3時間ほど一人きりの時間が出来てしまったので、溜っていた特撮とアニメを消化したのである。それでも時間があるので、ふとリビングに転がっていた1巻を手に取ってしまっていたのである。

 魔が差した、というやつだろう。あっという間に読み上げてしまった。

 

 勢いで2巻も読んでしまっていた。

 はっと気がつくと3巻も読んでしまっていた。


 ・・・・・ななななにも読みたくて読んでるんじゃないわよ!別に面白くなんてないわよ。でででもどうしてもって言うのならもうちょっと読んであげてもいいから残りの単行本出しなさいよ!仕方ないわね!!!

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2006年12月19日 (火)

教科書かよ・・・

 教育基本法の改編で新たに追加されたと噂の「国を愛する気持ち」ってのがどういう行動として現れるべきなのかをじっくり考えつづけ、その非常に具体的な例がひとつ浮かんだので今日はこれをブログで発表しようと思ったのである。

 が、書く前にヨメに話したら「貴様の中に家族を思う気持ちが1ピコメートルでも存在するなら、んなネタ絶対うpすんじゃねーぞゴルァ!」とスゴまれてしまった。しかたがないので別ネタでお茶を濁すのである。

 本日、阪急電車に乗ったのである。烏丸から梅田まで。時間は10時前。ラッシュアワーは一段落。お買物の主婦が出るにはまだ早いそんな時間。

 6300系のクロスシートの奥に座って読書をしていると、桂駅でどかどか人が乗ってきたのである。で、小生の隣りにはネーチャンが座ったのである。

 これがもう、ケバイのである。頭髪は小汚い黄色。タイトなスカートにど派手なストッキングにゴッテリ化粧して何やら表面に無意味な凸凹を施したショッキングピンクのケータイ(本人はかわゆくコーディネートしたつもりなんだろうなあ)振り回して、いやはや、一瞥しただけで願わくば1ナノメートルほどのかかわりも持ちたくないと判断しちゃうような(まあ向こうも小生に対して同じような感覚を持ったんだろうけど)、そういう手合いである。

 さて、乗車後しばらくは無意味凹凸ケータイをあれこれいじっていたネーチャンなのだが、そのうちそれを鞄に仕舞って何やら本を取り出した。

 察するにどうやらガッコーの教科書らしい。それもエーゴの教科書らしい。このドハデネーチャン、一応学生で通学前に勉強でもしようと思ったんだろうか。

 それはまあいい。よくないような気もするけど、まあいい。百歩譲るのである。

 譲れないのは本の表紙にくっついていたタイトルである。アンタ、いくら教科書だからって、その格好で衆人環境たる電車の中で

 「Mary Poppins」


 を開くのは、オヂサンちょっとどうかと思うんだけどなあ。おかげでオヂサン、笑い堪えるのに相当苦労したんだからね、いやホント。

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2006年12月18日 (月)

親子三代かよ・・・

 シゴト方面で遭遇したのである。親子三代の大工さん。

 大正生まれのオジイサンは流石に隠居して、オバアサンと共に悠々自適の老後生活を送っている。その二人と共にと二世代住宅を構えて一家を支えるのが壮年のオトーサン。で、その下で働くのが20代と思しきムスコ君。

 ひょんなコトから、現場に立つオトーサンとムスコ君を目撃した。ファッションセンスなんかは当然違うんだけど、腕を組んで寡黙に現場を見つめつづける二人の立ち姿は、誰がどう見ても「親子」そのものだった。

 さてはて小生はというと、製造業の現場に居たチチオヤとはまったく違う世界をうろうろしながら祿を喰んでいる。ま、小生の場合14歳でチチオヤを亡くしているので、こういうシチュエーションはそもそも生まれ得なかったんだけど、もしチチオヤが生きていたとしても、彼の後を継ぐことはなかったと思う。

 翻って、ムスコ達を見てみると、これまた小生と同じ世界には来ないだろうなと思う。と言うか、もし将来、ムスコ達がこの世界に入りたいと言い出したら、はっきり反対するつもりである。

 「法律業務」ってのは、社会的には方そうなイメージがあるようだけど、所詮は他人様の財産や人間関係にべったり手を付けて生きていく世界。綺麗事ではすまないことが出てくる。それはもううんざりするくらいにゾロゾロと。年末は稼ぎ時なので毎日こなさなきゃいけない業務も増えてくるんだけど、時折ふと「嗚呼、ワシはなんて詰まらない仕事で家族を養っているんだろう」とうんざりすることがある。

 小生には結局そういう生き方しかできなかったわけで、それは自業自得だから其れなりに納得はしている。悔やんでいるわけではない。が、同じ道を息子たちに歩んで欲しいとはやはり思わないのである。

 だから、将来的に小生がムスコ達と共にシゴトをするって可能性はたぶんゼロだろうと思ってるし、そのことに悲しみを覚えることは別段無いのである。

 無いんだけど、最初に書いたようなオヤコ大工さんなんかを見ていると、ふとかつて自分が否定した生き方も存外よかったんじゃないのか?この先否定しようとしている道にも意外に可能性があるんじゃないのか?なんて思ったりするのである。

 歳をとったということだろうか。

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2006年12月17日 (日)

やっと出たんかよ・・・

 サウンド、である。いやはや、youtubeで適当に選んだドイツだかの電車の画像が、ちゃんと音つきで流れ出したときの感動は生涯忘れないだろう。

 今週はシゴト方面が炸裂していてろくにPCに触れなかったこともあって、音が出るようになるまで約一週間かかった。

 わかってみれば原因は単純。システム→管理→サウンドカードの検出、で調べてみると、サウンドカードが二枚出てきた。テストすると、一枚では音が出るが、デフォルト設定されていたもう一枚だと出ない。これを入れ替えて一件落着。

 まじめな話、これでかなりの作業がLinuxでこなせるようになってきた。既に壁紙も「Yes! プリキュア5」に変更してるし、XPにバイバイする日も近い?

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2006年12月10日 (日)

生涯三度目かよ・・・

 小学校1年生の時、幼稚園の同窓会に出席した記憶がある。在園中からヤンチャだったとあるクラスメイトの腕白ぶりがエスカレートしていて、彼が土足で幼稚園の机の上を闊歩していた光景を未だに覚えている。彼の名前は忘れてしまったのに。

 高校1年の初夏、中三の同窓会。卒業後就職をしたクラスメイトが姿を表さなかった。その事実がきちんと飲み込めず、未だに心の片隅に蟠りとして残っている。

 以来数十年、同窓会というシロモノには一切係わりを持たずに今日までやってきた。基本的に過去を振り返る趣味はないのでどうも相性が悪いのである。何度か案内状はきているが全て破り捨てている。一度返信用葉書に「先日交通事故で死亡しました 母」と書いて投函したこともある。誰も線香上げにこなかった(笑)。

 というわけで、本日開催された関西仏車オフ同窓会が、小生が参加した生涯三回目の「同窓会」ってことになる。

 自分の中ではBXを買って仏車デビューしたのがつい先日のような感覚なんだけど、よく考えてみると購入は90年代前半のことだ。今回同窓会が企画された「関仏」の第一回が開催されたのも今からちょうど10年前のことになる。

 10年一昔。

 あの時は、開催場所たる南港サンピアの場所がわからず、吹田インターで事前にメンバーと待ち合わせをして会場まで誘導してもらった。名神を西進中、某牛久方面からやってきたXMに遭遇して、嬉しかったな。その後南港でそのXMに乗せてもらい、嗚呼なんと素晴らしい自動車がこの世の中にあるものかとタマシイ抜かれてしまったものだった。

 その後、手前がXMを2台乗り継ぎ、10年後にはメガーヌに乗り換えてカーナビの誘導に従って鼻歌交じりで南港までやってくるなんてことは想像だにできなかった。当時オフ会で最大派閥を誇っていたシトロエンオーナーのほとんどが、10年後にはルノーにプジョー、独車に国産へと乗換をすませており往時の勢いは見る影もなくなっている、っtてことも。

 10年一昔。

 前述通り、関仏はパソ通から派生したオフ会である。10年後の世の中からパソ通が消滅しているのがパソコン関係の最大の変化だろうか。あの頃の小生は「ワシは死ぬまでNiftyでパソ通しつづけるんやろうな」と、なんの疑問も抱かずに思い込んでいた。
 10年後のオフ会では最早ノートPCを会場に持ち込む者すらおらず、全てケータイで済ませちゃう安易な光景が広がっていること、Linuxが小生にも使えそうなところにまで降りてくること、ブログやmixiなんてコミュニケート方式が社会的に認知されるなんてことすらも当然見通せなかったわけだ。

 10年一昔。

 私生活も一変している。自分がそうなんだけど他のメンバーもいろいろあったようで、それなりの歳月をその表情に刻み込んで今日に至っている。劇ヤセした人もいたりして。

 10年一昔。

 というわけで、楽しんできた。

 強烈なヲタク共に囲まれて過ごす時間は圧倒的に刺激的で楽しく、精神的活力になった気がする。一番大きな収穫は、オールドマックヲタク氏のアツイお話を拝聴しているうちに、今自分が試行錯誤しながらやってるLinux入門作業が、きっと無駄にはならないだろうという自信に繋がったことだ。
 Linux で何をやるのか?なんて考えてはいけなかったのである。まずは動かしてみる。それだけで十分。

 10年一昔。

 さてはて、次の10年で我々はどこに向かうのか。

 過去の10年を検証してみると、次のステップなんて全然読めないってことがよくわかる。まあ、だから人生面白いんだけどね。

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5ボタンマウス解禁かよ・・・

 しかも、バージョンアップできずに前のままってどういうことよ?>ココログ

 というわけで引き続き家に帰ってはLinuxと格闘する日々が続いているのである。

 今週前半の戦いは、「ワタクシは如何にして10号機のFedoraCore6にFirefox2.0をインストールするのか?」

 何せコマンド入力の方法すらわからない状態であれこれやって、なんとか入ったけど、当然の如く果してどうやったのやらよくわからない。この先Fedoraがクラッシュして一から環境再構築するとなったら、絶対無理だな。ま、そのコロには(どのコロだ?)Fedoraが火狐2を正規にサポートしてることを祈ります。

 今週後半はタイトル通り、MSのインテリマウスのサイド2つのボタンを有効にする作業に没頭。

 いろいろググってみて、マウスのようなデバイスはX-Windowの支配下にあるらしいということが判明。rootで入って「./etc/x11/xorg.cig 」に下記の書き込みをすればいいと、あちこちに書いてある。

Section "InputDevice"
        Identifier  "Mouse0"
        Driver      "mouse"
        Option      "Protocol" "ExplorerPS/2"
        Option      "Device" "/dev/input/mice"
        Option      "Buttons" "9"
        Option      "ZAxisMapping" "4 5"
        Option      "Emulate3Buttons" "yes"
        Option      "ButtonMapping" "1 2 3 6 7 8 9 4 5"
EndSection

 でも、これだけではダメなのである。このまま再起動したらXが立ち上がらず、設定が初期化されてエラいことになる。2回ほどやっちゃってびーびー泣きました。40過ぎなのに。

 今回の作業の肝は、上記変更に加え、ServerLayoutに

 InputDevice     "Mouse0" "Always Core"

 を書き加えることにありました。これで無事再起動後もXが正常に立ち上がり、晴れて「進む/戻る」ボタンが使えるようになりました。これで生きていけます。

 *参考ブログ
  http://blogs.dion.ne.jp/fedora_blog/archives/cat_207494.html

 さて、次はニホンゴ入力システムだな。かなり使ってるんだけど、どうやらこいつ、全然学習してないんだよな。ちゅーか、単語登録しても反映されないのは何故? 

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2006年12月 7日 (木)

入門書かよ・・・

 メンテナンスに2日もかけてんじゃねーよ>ココログ

 それはそうと、Linux、である。このところ脳の中の87%位がLinuxのことばかり考えているのである。FedoraCore6のインストールがことの他上首尾に終わり、ねっとさーひんとメールチェックだけなら十分使える、ってことがわかってこのところWinは立ち上げなくなってきちゃってるのである。ひょっとしてこのままVistaにいかずにこっちの世界で生きていけるかなあ、などと妄想しているのである。

 とはいえ、手強いOSであることは事実なので、入門書を買ってきた。これである。このところシゴト方面が炸裂気味なのでなかなか読み進んでいないのだが、これをゆっくり読みながらこの世界に慣れていこうと、そう思っていたのである。

 その矢先だったのである。シゴト中にふと立ち寄った本屋でこれを見つけたのは。

 嗚呼、絶対こっちの方がよかったよなあ・・・・・早くもつまづいたか?

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