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2007年2月23日 (金)

淡水底無しかよ・・・

 というわけで、本日K100Dレンズキット、無事届いたのである。

 帰宅が20時過ぎだったので、セットアップしてパジャマ姿の家族を何枚か撮影しておしまい。明日はどこにお出かけしようかしら。

 さて、昨日の続き。MFのペンタックスレンズについて、あの後もネットで情報を漁っていたのである。気になるのはやっぱスクリューマウント、通称M42ってヤツである。

 で、調べているウチに自分の認識の甘さを痛感し始めたのである。

 小生は昨夜、果てしなく広がるペンタ互換レンズの世界を「海」だと表現した。

 既に同様の趣味を持ち、各種レンズを収集している人々が世の中には何人も存在する。その人々も、基本的にはどうやら小生と同じ視点をもたれているようだ。だが、根源的に違う箇所もある。

 彼らはそれを「海」ではなく「沼」と呼ぶのである。嘘だと思ったら「M42 沼」でググってごらん。

 はー、ペンタ以外にもメーカーがあることは何となく理解していたけど、カール・ツァイスなんてブランドまでが機構上くっついてしまうとは思ってもいなかった。キヤノンの一眼を使い続ける以上、そういうレンズとは無縁の人生を送れると思っていたんだがなあ。

 嗚呼、やっぱペンタックスを選んだのは間違いだったかしら。今から速攻でヤフオクで売りさばいてKissにしようかしらとか言いつつ、いろいろググった末に既にM42→EFマウントのアダプタというモノが世の中に存在していることを知ってしまった小生は、最早引き返せないのかしら。

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2007年2月22日 (木)

果てしなき海かよ・・・

 

というわけで頭の中の98%がK100Dのことで一杯なのである。

 とりあえず、今の論点は「次のレンズ」問題である。

 今回購入したのは「レンズキット」なので、18~50の標準ズームが付いてくる。今のところ、これに加えて、

 1.望遠系ズーム
 2.35mmフィルム換算で35mm相当(わかります?わかるよな?)の単焦点

 を、買ってみようと思うのである。

 1は、完全にガキ撮影用。運動会とかで活躍してもらう。というか、運動会でしか活躍しないかも。適当にシグマかタムロンあたりのズームを買ってやればいいのである。完全実用品。機会を見てヤフオクかどっかで落とそう。

 これに対して、2は完全に小生個人の趣味。

 実は小生には、一応高校時代に一眼レフをいろいろいじってみて、最終的に行き着いたのが35mmレンズだった、という過去があるのである。この画角が、もっとも自分の感性にフィットしたということだ。で、なんとかこの画角のレンズを手に入れて、お散歩帯同モデルとして持ち歩きたいのである。

 APSサイズのCCDを搭載したK100Dの場合、35mmフィルム用レンズを使うと、大体1.5倍の画角が得られる計算になる。が、現行ペンタックスのラインナップには「これ!」ってのがないんだな。21mmでコンパクトなヤツがあるんだけど、F3.2と、かなり暗めなのがちょっと気になる。それにお値段もけっこうしたりする。いきなり買うには敷居高すぎなのである。

 で、中古品を物色してみたのである。いろいろ調べたのである。

 驚愕の事実判明、なのである。

 ペンタックスはミノルタやキヤノンと違って、基本的にレンズマウントを変更していない。従って、MF時代のレンズがアダプタなしで装着できるのである。

 もちろんフォーカスはマニュアルだが、ある程度新しいレンズだと露出はオートでおkらしい。

 さらに業の深い(?)ことに、アダプタを使えばねじ込み式のタクマーレンズまで使えちゃうらしいのである。高校時代、オトーサンのSPを使っている友人がいたが、まさか21世紀の今日のデジカメに、高度成長期真っ最中に製作されたレンズまでが装着できるとは、想像だにしていなかった。

 しかもご存じの通り、ペンタックスはKマウントの仕様を公開しているので、母体以外のメーカーがあちこちで作った同マウントのレンズが世界中に散らばっている。で、それらがすべて小生のK100D(まだ来てないけど)にくっつくのである。

 なんと果てしなく広がるレンズの海であろうか。

 これは、ずっとキヤノンを使っていた小生には全く見えなかった光景だ。なにせ戸棚に転がっているEOS-Kissには、三階に転がっているFDの500mmレフレックスは絶対にくっつかないんだから。

 というわけで、しばらくは中古カメラ屋を回って、程度の良さそうなペンタの24mmレンズでも物色することにしようかげひひひひ・・・・

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2007年2月21日 (水)

押しちまったかよ・・・

 マウスの左ボタンである。ポチッといったのである。当然にマウスポインタは「ご注文確定」の上にあったのである。

 ペンタックスK100D レンズキット である。

 京都市内の某所に、キヤノンKISS Dの旧型(N)が在庫処分品として残っており、最後までどちらにするか迷った。

 KISSの長所は
  ・手元にあるフィルム版KISSのレンズを引き継げる。
  ・キヤノンの派手な絵作りが基本的に好き
  ・単焦点等、レンズのバラエティが豊富

 ってところだろうか。対してK100Dの方は
  ・本体に手ぶれ補正内蔵
  ・メディアがSD
  ・単3乾電池駆動
  ・ネットでの評判が異常にいい

 ってな感じ。

 両者どっちつかずで迷いに迷ったんだけど、最後は手ぶれ補正が決め手になってペンタックスを選んだのである。何せヨメの撮る写真は手ぶれが多いのである。それが改善されればいいかなと思った次第。

 それに、手持ちのレンズ資産と言っても、EOSレンズは最初に買ったWズームセットの二本だけだし、ペンタ対応の望遠ズームなら探せば1マソくらいで手に入る。なら、無理してキヤノンにこだわる必要はないだろうと最終判断したわけだ。

 うまくいけば金曜日にはブツがやってくる予定。週末、どこいこっかな~!

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2007年2月14日 (水)

遅すぎる感謝かよ・・・

 物事を考えるとき、何かを思い出そうとするとき、レガートに「ええっと・・・」と流すのではなく、「え・え・つ・と!」と、スタッカートに切る。「つ」も小さい「っ」ではなくでっかい方。母方の祖母の、それが口癖だった。

 1917年3月14日生。満年齢90歳を目前にした本年2月11日午前2時32分永眠。

 三連休初日深夜に死亡→二日目通夜→三日目葬儀、という流れは、勤め人に配慮しましたという感じで、公務員上がりの祖父に70年余り連れ添った祖母の最期にふさわしいような気もする。

 三人の子を成し、しかし二人の孫しか抱けなかった祖母は、90を過ぎてなお矍鑠たる、というか些か頑固すぎる祖父にいつも連れ添いながら、孫の一人である小生を、どんなときも温かく見守ってくれた存在だった。

 小生が家庭を持ってからは、戦争を通過した世代の「バーチャン」らしく、いつも小生に「ミヤゲモノ」を持たせてくれた。果物に野菜、缶詰に和菓子。

 彼女の生活力の衰えに比例して、渡される「ミヤゲモノ」も次第に見窄らしくなっていった。賞味期限が半年以上経過したアラレを渡されたこともある。

 ある時「単車で来ているから」を理由に、ミヤゲの受け取りを拒否した。

 祖母は小生の拒否を許さなかった。頑なにグッチの横に立ち続け、少しでもいいから持って帰れと譲らない。根負けしてミカンだったかをライディングジャケットのポケットに突っ込んで帰宅した。

 なんで素直に出されたモノを全部受け取らなかったんだろうかと泣きたくなるほどに情けなくなるんだけど、もう時は戻らない。

 晩年はずいぶんと物忘れがひどくなり、小生の二人のコドモの名前は最後まで覚えられなかったけれど、でも、正月にお邪魔したときはニコニコと二人の曾孫を迎えてくれた。五分おきに「ボクなんねんせい?」と聞きながら。

 そのまま調子を崩し一月末に入院。三週間ほど闘病してあっけなくこの世を去った。入院四日目くらいに見舞ったとき、病室で小生の手を「温かい手やなあ」と笑いながら握りしめて眠りについたのが最後の会話になった。

 アンタの手の方が数百倍あったかかったぜ、おばあちゃん!

 心にぽっかり穴が空いたまま、また小生の生活は回り始めている。ぎすぎすと周りを牽制しあう毎日。でもこれからは、出来るだけ機会を作って立ち止まってみようと思うのである。

 そしてその度に「え・え・つ・と!」とスタッカートで吐き出してみるのだ。

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2007年2月 8日 (木)

止まらぬ妄想かよ・・・

 

昨日の続きなのである。

 チョーナンの性教育プリントに親のコメントを書かねばならぬのである。「にんしんちゅうのこと」「うまれたときのこと」、などと書いてあるのである。

 ・・・・・妄想が膨らむのである。

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 「やったぁ!マンシュー取ったぜ!!!」

 けいりんじょうのベンチの上に立ったまま、お父さんは思わずさけびました。まわりの小ぎたないおじさんたちが、うらやましそうにお父さんを見ています。

 そのままお父さんはけいたい電わを取り出してお母さんに電わしました。
 「あ、もしもしお母さん、今けいりんでマンシュー取ったから、今日は赤ちゃんのたまごを買ってかえるよ。これでいよいよわがやにも赤ちゃんがくるぞ」
 「まあお父さん、うれしいわ。ちょうど今日はサティで赤ちゃんのたまごのセールをやってるから、帰りによってね。まってるわ。」

 君が生まれるちょうど10月10日前のことでした。

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 がたがた!がたがた!

 夜になってもあらしはやまないばかりか、ますます風がはげしくなってまどがゆれています。この年のあき、大きな台ふうがこの町に近づいたのです。

 電きをくらくしてベッドに入っていたお父さんは、その音をききながら、やがてむくりとおきあがりました。となりでねむっていたお母さんがおどろいてたずねます。

 「お父さん、どうしたの?」
 「これだけ風のふくよるは、電せんが切れててい電がおきるかもしれない。そうしたら、たまごのほおんき(※電きでたまごをあたためるきかい)がうごかなくなって中の赤ちゃんがしんでしまう。それがしんぱいなんだよ。」
 「まあ、お父さん、そんなことになったらどうしましょう」
 「なあに、お母さんは心ぱいしなくてもいいよ。これからお父さんはたまごをほおんきから出してずっとだいてやることにしよう。そうすればたまごはずっとあたたかいままさ。」

 そしてそのよる、お父さんはねむらずにたまごを一ばん中だいていました。けっきょく、そのよるてい電はしませんでした。けれどもお母さんは、たまごを心ぱいしてがんばってくれたお父さんに心からかんしゃしたのです。

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 さいしょに気がついたのはお母さんでした。

 「あ、ほらお父さん!コツコツおとがする!」

 お父さんもおどろいて耳をすましました。本とうです。たしかにコツコツおとがします。二人はむちゅうになってたまごを見ました。おとはたまごの中からきこえてきます。

 そうです、ついにたまごがわれる日がきたのです。

 お父さんはいそいでおじいちゃんたちに電わをしました。お母さんはおゆを作りました。

 まつこと3ふん。たまごはみごとにわれて中から玉のようにかわいいあかちゃんがうまれました。

 「ばんざーい、ばんざーい!」

 お父さんとお母さんは手を取りあってよろこびました。そしてしゃしんをたくさんとりました。うれしくなってそのまま二人で手をつないだままラーメンを食べに行きました。そしてお店にいた人たちぜんいんにラーメンをごちそうしてあげました。ごちそうしてもらったみんなも、たまごがぶじにわれたことを、たいへんよろこんでくれました。けいりんじょうにいた小ぎたないおじさんたちもかけつけていわってくれました。

 きみはこうやって、みんなにしゅくふくされてうまれたんだよ。

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 著作権は放棄しますので、誰か使ってくれ!

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2007年2月 7日 (水)

今時のコドモかよ・・・

 小学校1年生であるところのチョーナンが学校からプリントを持って帰ってきたのである。親が書き込むプリントなのである。

 タイトル「ぼく・わたしの生まれたとき」

 ここまではいいのである。

 中身を読んで驚愕したのである。

 「性教育」なのである。いやはや・・・凄い時代。

 お母さんが持ってる卵にお父さんが持ってる種が出会い・・・ってなタッチで小学1年生に性教育をするらしい。いやはや・・・凄い時代。

 まあ、悪いとは言わないけど、いやはや・・・凄い時代。嗚呼、この言葉しか出てこない。

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