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2007年8月29日 (水)

2泊4日ミュンヘン行 その4

 

・右側通行
 ドイツなので車輌は当然にミギガワを走るのである。クルマも自転車もトラムもミギガワ通行。

 一日の滞在だし、クルマにも単車にも乗らないから別にいいや、とか思っていたんだけど、道を歩いているだけでも結構違和感があった。道路を渡る時、習慣でヒダリガワからのクルマだけに注意を払って渡ろうとするのである。何度か轢かれかけた。天候不順でレンタサイクルを諦めたんだけど、何も考えずに朝一で自転車借り出していたら、いきなり事故ってたかもしれない。

 ところで、「世界中で歩行者が信号守るのはニホンとイギリスだけ」だと聞いたことがあるが、ドイツジン歩行者も信号守らない。クルマが来てなければ赤だろうがお構いなしにガンガン渡る。安全を自分で見極めた上の行為なんだから、合理的、ってことなんだろうか。

 路上マナーもそう悪くはなさそう。なんだけど、時々交差点でクラクションと罵声が響く。これが有名な「ルールからはみ出したヤツは容赦なく叩く」という社会システムなんだろうか。

 このシステムの方が暮らしやすそうだと思っている小生がいるんだなあ。

 ・バイク
 全然見かけなかった。

 たまに見かけてもF650みたいな実用車ばっかり。スクーターすらほとんど走っていない。ただひたすらに自転車だけが黙々と走っている国なのである。

 ニホンのバイクもとんと見ない。ベスパは数台見た。グッチも一台見た。真っ黒けに塗った悪仕様カリフォルニア。ドゥカティとは出会わず。

 ウィークデーだったからだろうか。休日になると、やっぱこの国でも腕を突っ張ったメタボリックBMW乗りや、なぜか固まって走るドカ乗りなんかが路上に溢れるんだろうか。

 イタリア繋がりで言うと、四輪も余り見かけなかった。アルファが時々、フィアットがたまに。この辺の路上バランスはニホンと変わらなかったかもしれない。ランチアとかもっと見るかと期待してたのに。

 ・日本文化
 「ニホンの皆さん、ようこそいらっしゃいました」

 と、ミュンヘン中央駅のカフェに書いてあった。ホントです。

 同じようなニホンゴを掲げた店は市内中心部にもあり、ニホンジン観光客がこの街に少なくないことを表している。「karaoke party」の横断幕も見かけたな。

 和太鼓集団らしきポスター(「YAMATO」だそうな)はあちこちに貼ってあった。「合気道」のポスターも数カ所で見かける。合気道とドイツジンは相性良さそうな気はする。根拠はないけど。

 ガキの土産を買いに玩具屋に入ってみたが、当然ながらライダーやウルトラシリーズは存在しなかった。かろうじてパワーレンジャーの変身グッズが置いてあっただけ。玩具店の品揃えの中心は模型とぬいぐるみ。これだけで売り場面積の7割以上を占めている感じ。コドモを悪と戦わせるという発想が、そもそもこの国にはないのかもしれない。

 思い立って本屋に入ってみたところ、ホントにありましたよ、「MANGA」コーナー。

 棚構成を見たところ、一番人気は「ナルト」と「コナン」らしい。金髪碧眼なんだけどどう見てもヲタクって感じのニーチャンが必死で立ち読みしていた。

 ヨメへの土産に、のだめのドイツゴ版を探したんだけど見つからず。代わりにエヴァのドイツゴ版を購入。なぜか1巻がなかったので2巻を購入。6ユーロ哉。

 ガキ共には「モグラと自動車」のドイツゴ版を購入。探したらちび黒サンボとかもあったのかな。

 書店の街頭には「sudoku」と表記されたパズル本が山積みになっていた。「数独」という漢字表記のモノもあり「samurai」とか書いてあるヤツも存在する。

 帰国後調べてみたら、80年代に日本で生まれたパズルが、2年ほど前から突如ヨーロッパで大流行しているらしい。

 ちなみに「数独」の「独」は、「独逸」の「独」ではなかった。少し残念。

 

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2007年8月23日 (木)

2泊4日ミュンヘン行 その3

 ミュンヘンで過ごした一日は、かいつまんで言えば市内中心部を迷走し続けた一日である。墓参りのつもりで訪れたにもかかわらず墓がなかったので、市内を散策し、ミュンヘン各所の空気を吸うことが、せめてこの街を愛したオジのタマシイの安らぎに繋がればいいと考えた次第だ。

 今、じっくり考えてみると、ワシ一人うろうろしたところで何も変わらないのだが。

 閑話休題。というわけで、迷走の記録を書き取ってもつまらないので、以下にはテーマごとにミュンヘンの印象を綴ってみたいと思うので暇な人読んでください。

 

・自動車
 ドイツ国内で最初にデジカメのシャッターを切った対象は、到着初日、ホテルの窓から見下ろした風景だった。

 ピカソが2台停まっていたのである。

 FBMかFTPでもない限り、ニホンではあり得ない光景だと思い、写真を撮っておいた。で、翌日、町中歩き回って、これはドイツでも余り無い光景なのかな、と気づいたのである。

 ミュンヘン市内、シトロエン少なすぎ。

 始終道路を見つめていたわけではないけど、丸一日うろうろして、目にしたハイドロがエグザンティア1台ってのは少ない。XMもBXもCXも見かけなかった。もちろんそれ以降の現行ハイドロマシンも。

 シトロエンで比較的よく見たのは配送用の商用バンで、これはルノーとプジョーのそれもかなり走っていた。どうやらドイツでは、仏車=商用車なのか?そういえばカングーもしょっしゅう見たな。

 プジョーは少なし。多分シトロエンと同じくらいの割合。やっぱニホンって変な国なんだと実感。その変な国のクルマとしては、マツダが目立っていた気がする。欧州ナンバーワンとか言う看板は伊達じゃなかったのね。代わりに某三河製自動車はほとんど見かけない。何か凄く気持ちがいい。

 仏車で多いのは間違いなくルノーだったと思う。とはいえ、走ってるのはメガーヌ以下の大衆車グレード。ヴェルサティスとかアヴァンタイムみたいなハイグレード車はとんと見かけなかった。

 やはり当然ながら、路上の大半を占めているのは独車である。タクシーはベージュのメルセデスワゴンばっかりで、市内には見渡す限りVWがざらざら。アウディにポルシェも当たり前のように存在し、そして土地柄BMWが堂々と水を得たように街中を走っている。

 ニホン国内で見るとピッカンピッカンに尖って見えるBMWのデザインが、ミュンヘンの街並みに置いてみると、不思議に有機的に見えてくるのである。

 生まれて初めて、BMWを運転してもいいかな、という思いに駆られた。モチロン「この街に住めるのなら」という条件付だけど。

 

・自転車
 噂には聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。

 ミュンヘン市内、自転車大杉!

 小生が歩いた一日は、曇り時々雨という、自転車的に余りいいコンディションではなかったのだけど、そんな天気の中、老いも若きも男も女も、ガシガシペダルを漕いで走っている。

 噂に聞いていたとおり、自転車道は完璧に整備されている。というか、歩道と車道の間に自転車が通る道が存在するのは当たり前のことなのである。で、そこに路駐したり店の看板出してるような光景はあり得ないのである。こうやって始めて、自転車という乗り物は市民権を得るのであるよなあ。

 こういう社会だと、自転車そのものも生活に密着して成熟する。

 速度よりも乗りやすさと安定性を志向した、いわゆるママチャリ的自転車は余り見なかった。かといって、盆栽的カリカリのロードレーサーもほとんど見かけず。

 自転車の大半は、リヤに5~7枚くらいのギヤを備え、後輪上部に籠を備えた実用車。整備された都市を走るなら、確かにベストチョイスだと思う。ハンドルは7割くらいがフラット。1割くらいがドロップタイプ。

 で、残りの2割がこれだった。

 リンク先の説明書きにあるとおり、欧州では当たり前みたいに普及しているハンドルのようだ。修理中のラレーのハンドル、これにしてみようかしら。

 市内中心部のスポーツ量販店には、当然、自転車コーナーが存在する。通販なんかに頼らずとも消耗品パーツが気軽に手に入るのである。嗚呼ここは天国か?

 というわけで、是非自分でもこの国でペダルを漕いでみようと、実は荷物の中にチャリ用ヘルメットを忍ばせていたのである。

 が、天候もよくないので止めておいた。

 今になって凄く後悔している。

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2007年8月17日 (金)

2泊4日ミュンヘン行 その2

 

・Sバーン8番
 ミュンヘン国際空港から市内へのアシなのである。標準軌。市内までの30キロ弱を40分で結んでいる。

 入国後、しばし周辺をうろうろした後、無事Sバーン乗り口をハケーンし乗り込む。直後に出発。20分に1本なのでラッキーだったのである。

 走り出して驚いたのは、そのスムーズな乗り心地である。ハイドロかこれは?とか思うほど揺れない。なーるほど標準軌の近郊電車ってこんなに静かなんだ普段狭軌にばっかりのってる極東島国人はやっぱ損だねえとか思ったんだけど、普段小生が一番よく使ってる阪急だって標準軌じゃないか。Sバーンはどういう魔法を使ってるんだ?

 車窓にはしばらく、いかにも欧州!という牧歌的田園風景が広がる。時折馬とかも見る。「ミュンヘンってそんなに田舎だっけ?」とか一瞬思ったんだけど、考えてみれば、京都市内から40分も近郊電車で走れば園部辺りまで行けちゃうわな。

 車窓を眺めていて実に残念だったのは、あちこちに点在するアート風落書。今やこういう文化は国境を越えて各国の風物を浸食しているようである。ドイツ辺りだと頑なにこういう風潮を拒むかと思ったけど、そうも行かないのか。

 SバーンはDBのラインである。よって、沿線にはDB車輌が時折見受けられる。窓の外、手を伸ばせば届きそうな距離に大量のこれを発見した時は、懐かしさに思わず涙が出そうになった。昔、メルクリンのこれを保有していて大好きだったんだな。こればかり買い集めて一編成作ろうとか、途方もない夢を抱いていたモノだった。その夢の光景がいきなり眼前に現出したのである。嗚呼、写真撮ればよかった(泣)。

 その後、なんだかビルが増えたとか思ったらあっという間に市内突入。ドイツ国鉄はしょっちゅう遅延するとか聞いていたんだけど、さすがに近郊路線は正確なようで、定刻どおり宿のあるカールス広場に到着。現地時間18時20分。ホテルも難なく見つかり、旅の一日目は拍子抜けするほど簡単に暮れようとしていった。

 ・包帯まみれの旧友
 ホテルにはオバが手を回してくれていて、バナナとチェリーとクロワッサンと水が用意されていた。これで簡単に夕飯を済ませてもいいんだけど、まだ元気なので街に出ることにしたのである。サマータイムの影響もあって、現地は19時を回ってもまだ明るいので大丈夫なのである。

 とりあえずは中央駅を目指そうとか思って地図も見ずに適当に歩き出す。宿から南西の方角に駅があるのである。そちらを目指したつもりなんだけど、あっという間に道を間違え、はっと気がつくと宿から南東方面にあるマリエン広場に出てしまった。

 30年ぶりの再会。

 中学2年生の夏休み、1ヶ月オジオバの家に泊まり込み、ミュンヘン観光をしたのである。オバは毎日小生を連れて市中に買い物に出かけ、そのたびにしょっちゅうマリエン広場を通った。小生にとって忘れようにも忘れられない、思い出の場所なのである。

 巨大な人形仕掛けのある新市庁舎はこの街の目玉的観光スポットなので、いつも人でごった返している。散歩の途中、唐突に眼前に現れた30年前の友人は、やはり昔と変わらず人でごった返しており、そして・・・



 ・・・工事中だったorz

 人形仕掛けのところはくり抜いて見えるようにしてあるんだけど、その周りが無粋なる周りが防塵材で覆われており、情緒もへったくれもありゃしない。

 包帯が似合うのはやっぱファーストだけだよなと心の中で呟き、適当にぶつかったイタリアンでペンネを喰ってホテルに引き返す。

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2007年8月14日 (火)

2泊4日ミュンヘン行 その1

 

・フライト
 ヒコーキはルフトハンザを選んだのである。

 格別理由はない。ドイツに行くんだからルフトハンザか?という単純な選択。正解だったのか不正解だったのかは分からない。周りの数少ない意見を聞いていると、不正解ではなかったようではある。

 食事は、旨い、とは言えないまでもまずまず。量は十分。コーヒーはか・な・り旨かった。しかしヒコーキに乗ると、酒が飲めない自分の体質が恨めしくなりますなあ。

 往路は窓際。機内備え付けのテレビモニタは絶望的に小さく、機体のセンターにしかないので、窓際の席からはほとんど見えない。何が写っているのかがかろうじて分かる程度。離着陸時には機体に格納されて何も写らなかった。どこかの国内線だと、確か離着陸の様子を機体前方のカメラから中継してくれたと思ったのだが。

 モニタに一瞬ドナルドダッグの姿が見えたので、機内ラジオのチャンネルをテレビに変えてみる。当然ながらアヒル野郎(ん、ガチョウだっけ?)はドイツゴを喋っていた。

 フライト時間は11時間。眠れたのはトータルで2時間もなかっただろうか。

 ・他国がそれほど信用ならんか?
 出発前、在ミュンヘンのオバから「フランクフルト空港は迷路で混雑して大変やしね」と釘を刺されていた。小生が押さえたのは、関空からフランクフルト経由でミュンヘン行きというセレクト。乗り継ぎ時間55分。幾ら迷路でもこれだけあれば大丈夫だろうと思っていた。

 甘かった。

 機体は定刻15時5分に着陸し、約5分後に乗客を降ろし始める。乗り換えのチケットには、次の搭乗ゲートも書いてあったので、そこを目指し歩く。隣の席に座っていたオバチャンはウィーンへ行くとかで、乗り継ぎ時間はやはり同じくらい。搭乗ゲートも同じエリアだったので共に歩みを進める。

 入国審査にぶつかり、若干行列。でもここはすんなり通過。人相いいからな。ここまで所要時間10分くらいだったと思う。かなり優秀な方だろう。

 その先に悪夢が待ちかまえていた。

 手荷物検査レーンである。国内線に乗るための手荷物検査。これが大渋滞。レーンは10個くらいあるのに稼働してるのが3つくらいしかない。おまけに係員の動作が非常にスローモー。これはもう、わざとやってるとしか思えないほどにスローモーなのである。

 ここで50分あまり時間がかかったと言えば、その異様さがおわかりいただけるだろうか。ちなみにこの列に並んでいるのは、国際線からドイツの国内線に乗り換える客ばかりである。従って、全員一度、出発国で手荷物検査を受けているのである。ドイツ人というのは、他国で行われた手荷物検査がそんなに信用できんのか?

 なんだかどう見ても間に合いそうにないので、前に並んでいた白人男性に「ワシら、間に合わへんねん。先行かせてくれへん?」と言ってみたら「ワシもっとひどいねん」とか言ってチケットを見せられた。フィンランド行きのそのチケットに刻まれた出発時間は、確かに小生より20分前のモノだった。

 散々待たされてようやくチェックが始まり、何の問題もないだろうと思っていたら引っかかった。係官にボディチェックを念入りにやられる。その後、持込荷物のデイパックも引っかかる。

 係官「この中にベルト入ってるか?」
 犬丸「・・・へ?」
 係官「ベルトないか?」
 犬丸「ああ、ジーパンにベルト付いたままですわ」
 係官「それ見せなさい。」
 犬丸「・・・・・へ?」
 係官「ワタシニアナタノベルトヲミセテクダサイ」

 ライトオンで2500円くらいで買ったボロベルトをドイツジン係官殿にお見せする。ご満足頂き晴れて解放。

 さて問題。乗り継ぎ時間が55分。機体から出るまでに5分。入国審査完了までに10分。手荷物検査に50分。どうなるでしょう?

 手荷物検査場を出たのは、上記の計算結果通り、フライトのかっきり10分後だった。これはもうダメだろうと半分諦めつつ力なく走ってみる。ちなみに出発ゲートは、検査場から階層を4つ降り、直線距離にして300メートルほど走りきったところにある。たどり着いたのは出発15分後。

 ヒコーキはまだいたのである。

 ぜーはーぜーはー言いながら搭乗口のドイツジンネーチャン二人組にチケットを出すと、一人のネーチャンがそのままヒコーキに向けて走り去り、すぐに帰ってきて「はよ走れゴルァ!」とドイツゴで怒鳴る。ヘロヘロになりながら最後の追い込み。ヒコーキへ駆け込み乗車した、ことになるのか。スチュアードになんだか言われたんだけど、最早聞き取る余力無し。

 で、小生が席に座ったとたんに飛行機は飛び上がり、手荷物検査に要した時間マイナス10分くらいで降下を始めてあっという間にミュンヘン着。現地時間で17時過ぎ哉。

 ところで、小生より5分前のフライトでウィーンに行く予定だった隣のオバチャン、その後どうなったんだろ。住所や電話はおろか、名前すら聞いてないので消息不明なんだよなあ。

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2007年8月 8日 (水)

出発前夜かよ・・・

 というわけで、明日から二泊四日ミュンヘン行きであって、明日の朝は5時過ぎに起きるのであって、荷造りは一応終わったのだけど、何かもう疲れちゃったなあ。明日起きられるかしら。

 激しくやる気のない旅行になりそうで鬱哉・・・

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2007年8月 6日 (月)

イス取りゲームかよ・・・

 定員24名に対し立候補25名である。

 昨日が投票日だった、我が自治体の議会選挙の有様がこれである。

 「議会制民主主義」「普通選挙権」、これらの概念を実体化するため先人達が払った苦労の代価がこのイス取りゲームというわけだ。

 我が町の有権者数は44,072人。投票率は参院選一週間後という時期の問題もあってか、48%ほどで過去最低だったらしい。まあ、こんなイス取りゲームじゃ、投票する気も失せるわな。小生も、よっぽど棄権しようかと思ったんだけど、権利は行使すべきだとの信念を貫き、一応投票はしてみた。でも、1位当選者の得票数ですら1,482票、最下位に至っては516票という数を見ていると、なんだか自分が投じた票がむなしく思えてしまう。

 ちゅーか、500票くらいならワシでもゲットできるんじゃないかとこっそり思ったある夏の夜。次の選挙は4年後か・・・

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2007年8月 2日 (木)

ハカない人生かよ・・・

 オカンのイモウトは国際ケコーンしてミュンヘン在住なのである。

 その連れ合いは4年ほど前よりガンを患っていたのである。

 それなりの高齢だったので進行は遅かったのだが、今年の初春頃から少しずつ状況が悪くなってきたのである。

 いろいろ世話になっている叔父なので、これは一つ見舞いに行こうと決め、いろいろトライしたあげく、8月の盆休み4日間の休暇を利用してミュンヘン行きを決め、チケットを押さえたのが4月半ば。

 見舞いだけが目的なので、

 1日目 午前 関空発→同日夕刻ミュンヘン着 同泊
 2日目 終日ミュンヘン   同泊
 3日目 午前 ICEでミュンヘン発 午後フランクフルト発
 4日目 午前 関空着

 という、強行スケジュールを組んでみたのである。こんなツアーに幼児を連れて行けるはずもなく、悲しき単独行である。

 フライト押さえた後、叔父に電話して「夏に行くからな!」と言ったのだが「その頃はワシもう死んどるし」とか言われて、さすがにそれはないだろうとか思っていたのだが、電話の直後叔父の容態が急変してあっという間にタカイしてしまったのだから人生分からないものである。

 でもまあ、一応亡くなる前に約束したことだし、頃合いもお盆だし、墓参りツアーということでやっぱり行こうと決め、あれよあれよと月日は経って、最早出発は来週に迫った昨夜、ミュンヘンにいるオバから電話がかかったのである。

 オバ「アンタ、来週来るんやったな」
 36 「そうですよろしく」
 オバ「ホテル押さえといたしな」
 36 「あ、すんまへん」
 オバ「ほんで、アタシ、その時こっちにいいひんしな」

 36 「・・・え?」
 オバ「諸般の事情で、アタシ入れ違いで日本帰るし」

 36 「まあええわ、何とかします(何とかなるんか?)。ところで、オジサンのお墓どこ?」
 オバ「ああアレな、あらへんねん」



 36 「・・・・・・・・・え?」
 オバ「共同墓地に入れよと思たんやけどな、やめてん」
 36 「・・・ほんでどうするん?」
 オバ「こっちの人は宗教観違うし、そんなに墓にこだわり無いし」
 36 「で、墓は作らへんの?」
 オバ「いや、作るで」
 36 「ほな、そこにお参りするわ」
 オバ「ちゃんと行ってやってな。アワジシマに作るし」




 36 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
 オバ「アタシのオトンの田舎。秋頃に出来ると思うし、参ってやってなあ」
 36 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
 オバ「ほなね。フランクフルト空港、迷路やし気ぃつけやげひひひひ・・・」

 ドイツ人とフランス人の両親を持ち旧ユーゴスラビアに生まれ育った叔父は、おそらくアワジシマには生涯足を踏み入れてないと思うんだがなあ。

 それより、ワシはいったい何をしにミュンヘンに行くのだ?ま、「夏にミュンヘンに行くから」と約束したんだから、一日ミュンヘンでぶらぶらしてやれば手向けになるのか?

 むーん、一日だけミュンヘンか。何をすればいいのだ?とりあえずドイターのヒップバッグとエウスカルテルレプリカヘルメットでも探すか・・・

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