« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月22日 (月)

2007FBM その2

 ・平凡な一日
 朝5時起床、6時30分に家を出て高速をぶっ飛ばして長野県へ。途中、何台もの仏車と合流。沢山のメガニストたちとおぎの屋に入り昼食を食い、そこではスピダー軍団も目撃。ハーモニカを買ってもらい遊びまくる。非常に気に入った。13時30分会場着。山のような数の仏車を目撃する。チェックインした部屋は壁面二つがガラス張りで絶好のロケーション。ベッドも通常のものと1メートルくらいの高さがあるあるお洒落なベッドが並んでおり、弟と二人ベッドからベッドへ飛び回って遊ぶ。その後部屋を出てリフトを乗り継ぎ車山山頂へ。寒かったが絶景が望め面白かった。岩場を弟と走り回ってはしゃぐ。宿に帰って夕食。コドモメニューも旨かったが、オトナメニューはパスタで食材が串刺しにしてあったりして非常にユニーク。見ているだけで面白い。部屋に戻り家族全員で露天風呂に入る。曇っていまい星が見えなかったのが残念。


 その後部屋に戻って宿題であるところの「あのね帳」を開き「はー、今日は別に書くこと無いなあ」とかほざくチョーナン小学二年生の頭の中はいったいどうなっているのか誰か教えてくれ。

 

・先に立たず
 今回のFBMに於いて、メガニストジャポン自転車部がツーリングを企画したのである。車山近辺は言うまでもなく絶好のロケーションなのであるからしてここを自転車で走るのは非常に楽しそうだとは思ったのである。

 でも、これに参加するためには、スタート時間である10時30分に現地に入っている必要があるわけで、ということは、何をどう考えても自宅を出るのは3時頃になる。そこまでの根性はちょいと無いし、家族連れだし、まあ今年はパスだしかしみんな元気だなあとか思いながら出発前夜、当該HPをウォッチングしていて勘違いに気がついた。

 ツーリングの日程、土曜日じゃなくて日曜日だったのね。なんの疑いもなく土曜日開催だと思いこんでました。だって日曜日当日は「うだうだする」のが仏車乗りの古来よりのしきたりだし。

 これならちょいと頑張れば参加出来なくもなかったのかな、と、ちょっぴり後悔してみてももう遅い。来年は・・・嗚呼、ジナン君が2CV玉入れに今から参加する気満々だよ・・・

 

・うだうだ
 というわけで、二日目午前中は「うだうだ」に徹する。

 7時半からの朝食を済ませ同席のウータンさん父子にろくに挨拶もせずに席を立ち一家全員で仮面ライダー電王37話を部屋でチェックした後8時45分、宿を出て坂を下り、メガーヌの行列に加わる。

 全部で・・・何台あったんだ?スゲエなあとかいって行列をしばし鑑賞。列が動き出してから写真を取り忘れたのに気づく。あ、ちなみにやっぱ、この日も鼻風邪は継続しておりまして頭の中身は65%ほど死んだまま。

 いろいろあった二日間だが、ヨメにはこの時のパレードが一番印象に残ったようだ。道ばたにたたずむ人々がこちらを凝視していて、まあ、この日車山にいる人は、全員が仏車ヲタクなんだから注目もするわな。

 9時頃グループ駐車完了。記念撮影を終えてメイン会場へ向かう。小生とチョーナン、ヨメとジナンの組み合わせで会場をうだうだ。

 静岡の象乗りさん、もうすぐパパになる合気道野郎、都落ちした(反対か?)かつての王様、京都在住エグザンティア夫婦(この方々とは、なぜか車山でしか顔を合わさない)なんかと遭遇。土曜日に顔合わせしたスカラベ乗りさんには会えず。激赤BX使いのあの方ともお会い出来なかったな。やっぱ向こうの宿にも顔出すべきだったか?

 思い立ってチョーナンにK100Dを持たせてみる。簡単に操作方法を教えてやると、メイン会場で写真撮りまくってる。あとで調べたら、XMに2CV、C3にトラクシオンアバンと、シトロエンばっかり。誰だこういう濃いガキを育てたのは?

 小生の目に付いたのはC4ピカソ。会場で二台発見。二つとも右ハンドル使用。イギリスモノ?データを見るとやたらでかそうで敬遠してたんだけど、実車を見ると全然コンパクトでこれなら道の狭い今の街でも飼えるんじゃないげひひひひ・・・などと妄想が膨らむ。

 それともう一台、現役ハイドロワゴンであるところのC5ワゴン。これも数台見かけたが頭の中で考えるほどでかくなくこれなら道の狭(ry

 滋賀県の某ショップが持ち込んだシャンゼリオン仕様2CVも当然気になる。ヨメと二人これはいいなあと涎垂らしまくる。が、幾ら何でも140マソはちょっとねえ。

 ところで何でワシはメガーヌの次のクルマを探しているんだ?

| | コメント (11)

2007年10月17日 (水)

2007FBM リベンジ編 その1

 小生は心に誓ったのである。

 「今年こそは車山山頂に足跡を残してやるのだ!」

 と。

 ヨメは心に誓ったのである

 「今年こそはちみつ蔵に足を踏み入れてやるのだ!」

 と。

 それぞれの思惑を胸に刻みつつ、犬丸家の2007年FBMは幕を開ける。週半ばに患った鼻風邪が全然治らない小生がステアリングを握って。

 ・伊吹PA
 昨年より1時間30分早く名神に乗り、米原JCTを越え、伊吹PAで一回目の休憩。駐車車両中、仏車はウチのメガーヌだけ。

 ・・・と思っていたら、トイレ休憩している間に同じく京都ナンバーのキャトルがお隣に駐車。30代前半とおぼしきご夫婦と、1歳ちょい過ぎくらいのお嬢さん。ちなみに先方のナンバーは車名にちなんだアレ。小生のナンバーは某ナイジェルにちなんだアレ。奇しくも数まで並んでしまったのである。

 こいつはサイサキいいなあと気分よく再出発。

 ・合流
 恵那山トンネル手前の屏風SAで再び休憩。ここでメガニストの皆様と合流。

 ・・・と思っていたら、なんかタイミング外してしまい、メガーヌは数台止まっているものの、肝心のメンバーがどこにいるのかわからない。仕方がないので普通に休憩してクルマの前に戻ってみると、既に輪が出来て盛り上がっている。嗚呼、なんか乗り遅れたか?

 非本州ナンバーが数台。ルーフにチャリ乗せたのも数台。その中に一台だけもの凄くガラの悪(ry 車山を遙か向こうにして、すでに非日常空間が展開している。

 しばらくうだうだしてから出発。さあて、いよいよカルガモ走行ってヤツか実は初めてなんだよげひひひひ・・・

 ・・・と思っていたんだけど、なんか隊列は整わず、皆さんマイペースで走行。しばらく走って、ブラックなワゴンが引っ張るコンボイに追いつくも、もの凄いハイペース。

 こちとら家族連れのワゴンの1.6という、もっとも飛ばせない組み合わせなのでついて行くのがやっとという感じ。そのうち隊列はばらけ組長さんは光の速さで遙か彼方へ行ってしまう。むーん、やっぱ400ccの差は小さくないですね。

 その後、諏訪湖SAで合流するはずが、なぜかメンバーと会えず、結局中央道を降りておぎの屋で再び合流。ここで会長様と初対面。去年は会場で挨拶すらしなかったのである。オトナとしてどうよ?

 一同予約席にて釜飯を食う。チョーナンは1人ラーメンを食う。釜飯屋でラーメンってどうよ?とか思いそうなんだけど彼はラーヲタなので当然なのである。

 でっかい柱を急な坂から落っことす祭りのポスターが店内に貼ってある。「35度の急坂で柱を下ろす」らしい。「急坂やったら登らんかい!」とか突っ込んでる小生の思考回路はどうよ?

 

・野望達成
 13時30分頃、宿に着く。ずらりとメガーヌが並ぶとやっぱ壮観。小生のワゴンとお隣のハッチだけ冷却ファンが回り続けている。どうやら1,6はそうなるみたい。やっぱ登り坂続きで高回転になっちゃうのか。

 とりあえずチェックインを済ませ、まずは小生の野望を果たすべく、リフト乗り場へ向かう。大亀谷の某シトロエンショップのシャッチョーさんに遭遇したりしつつ、無事一家揃ってリフトに乗り(さすがにアソコをチャリで登る度胸と技量は小生にはございません)、午後3時、野望達成。

 雲がかなり広がっていたが、それでも視界は良好。遙か足下に白樺湖が見える。浅間の山頂は雲の中。北に南にアルプスと名の付く山々が広がり、そして彼方に霊峰の影がうっすら見えた。ここぞとばかりにK100Dのシャッターを切りまくる。

 一年越しの願いを叶え、小生の心は十分に満足した。

 標高2000m弱の激寒環境とリフトの乗り降りで、小生の身体は冷え切った。

 鼻風邪悪化。夕食をどうにかこなし、部屋に戻った時点で全ての気力が失われる。前夜祭はパスしガキ共と一緒に午後8時30分、枕に頭を添える。

 それでも去年より30分ほど遅い就寝だったのかな?

 

・ハーモニカ
 おぎの屋でチョーナンにせがまれて買ってやった。プラスティック製の玩具のハーモニカである。

 小生の小学校の時は、1年2年と音楽の授業でハーモニカを持たされたのだが、最近は鍵盤ハーモニカをやるのだそうで、よってチョーナンがハーモニカにふれたのはこれが初めて。

 口唇口蓋裂のチョーナンにとって、息を吸ったり吐いたりするのはちょいと大変な作業なのである。ストローでジュースを吸うのにも一苦労するのだからな。

 初ハーモニカにも、当初はかなり手こずっていた。おぎの屋を出てすぐに試してみたけど、音が鳴らない。吹いてもダメ。吸ってもダメ。やがてようやく音が出るようになったら、その音はまだまだか弱い。

 試しに3つ下のジナンに渡してみたら、難なく音を出してみせた

 その後もチョーナン君は、格闘を続け、メガーヌに乗っている間、ずっと手放さず、説明書を食い入るように見つめながら頑張っていた。やっぱコヤツにはヲタのDNAが流れているなあと痛感。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ビーナスラインの登り。渋滞する帰りの諏訪近郊。ひたすら飛ばした帰路の高速道路。そんないろんなシーンの中、メガーヌの車内で、ハーモニカとキミが奏でてくれる柔らかいサウンドは、鼻風邪で朦朧となったオトーサンの心を着実に癒してくれたんだ。お陰でオトーサンは無事に700kmの道程をドライブすることが出来たのさ。

 本当の話だぜ。いつかきっとキミにも、この気持ちがわかる日が来るよ。

| | コメント (3)

2007年10月10日 (水)

ステージ変更かよ・・・

大台ヶ原へのお誘いがきていたのである。

 サイクルイベントであった。10月7日、日曜日。3名の犠牲者を出した土砂崩落事故から10ヶ月、国道169号線の開通を記念して企画された地元上北山村の復興イベントの一つに、自転車によるパレードランがあり、故あってそれにお誘い頂いたのである。

 昔から時々山歩きを嗜み、北山、比良山系、それに六甲辺りは一通り歩いている小生にとって、大台ヶ原は近くて遠い一つの目標であった。そこに達することが出来る機会が思いがけない形で転がり込んだ訳で、これは是非チャレンジしてみようと思い、お仲間に入れてもらうことにしたのである(ちなみにイベントは感動的に幕を下ろしたらしいのである。嘘だと思ったらまんまママさんのブログを見なさい。絶対泣けるから)。

 コースは30km走って1000メートルほど上がるという超マゾヒストコースなのである。いろいろ考えて一週間ほど前から準備に入った。全日チャリ通勤して身体を慣らす。週の前半は炭水化物を控え、後半にドカ食いを始める、所謂カーボローディングもやってみた。セレブのメットを買い込み、タイヤも新調すべく某アスキーに発注書を送った(間に合わなかったけど)。

 そういう状況にあった先週末、金曜日。大台ヶ原まであと2日ぐひひひひ、とか思いながらオシゴトで滋賀県草津市にいた小生に電話が一本入る。

 ヨメからである。

 曰く「アンタのオカン、ギックリ腰で動けへんみたいやで」と。

 ケータイからヨメのケータイに電話が入ったらしいのだが、ベッドから全く動けないらしいのである。とはいえ小生も滋賀県にいるので動けないのである。仕方がないので、幼稚園から帰ってきたばかりのジナンを連れて、ヨメが自宅にレスキューに向かったのである。

 ちなみに小学二年生のチョーナンは、この時点で当然学校にいる。ヨメは手を尽くし、チョーナンのオトモダチのオカーサンに自宅の鍵を預けたのである。

 ヨメのレスキューは、まあいろいろあったのだが結果的に成功し、オカンはとりあえず救急病院に収監され、最終的にはその日のウチに家に帰り事なきを得た。とはいえ、午後はずっと、ヨメとジナンは病院でオカンに付きっきりとなった。

 小生は、草津でのシゴトを3時頃終え、とりあえず京都までぶっ飛ばし、4時頃職場着。手元を片づけて4時30分頃早退。

 この時点で、オカンがとりあえず落ち着いているらしいことはわかっていた。小生の心配はチョーナンである。あまり長時間の留守番には慣れていないはずである。きっと家で心細くて泣いているかもしれないのである。ここはまず、家まで飛んでかえって抱きしめてやろうと心に決めたのである。

 で、前述通り、この日の昼まで大台ヶ原に登るつもりだった小生は、当然に自転車通勤。チョーナンが待つ自宅まで変える手段もモチロン、オニキス君なのである。

 すなわち、

 日曜日に30km、標高差1000メートルを走る → 職場から自宅まで9kmを全力ダッシュ

 に、ステージ変更したわけである。カーボローディングは未だ完成してないけど、多分9km分くらいはもう溜まってるだろうし。

 というわけでぶっ飛ばした。三連休前の夕方。ルートは京都の西を走る準幹線道路。軽トラ一台、オバチャンがノタノタステアリング握ってるクラウン一台をぶっちぎったのは覚えている。原チャリも、多分3台くらい抜いたような気がする。よく事故らなかったものだと今にして思う。家に帰ったら膝ガクガクだった。この時点で、もう明後日の大台ヶ原は無理だなと諦めるしかなかった。

 で、家のドアを開けてみたら、当然のようにチョーナン君は、膝ガクガクのオヤジなんかそっちのけでDSに夢中だったんだよねえ・・・

| | コメント (8)

2007年10月 2日 (火)

ビョーキかよ・・・

 嗚呼、ハイドロに乗りたい・・・

| | コメント (6)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »