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2008年6月17日 (火)

見せしめかよ・・・

 やった方は否定しているけど、先週の凶悪犯罪のあおりを受けて執行された、としか見えないのである。

 ヲタクの総本山にて行われた犯行がトリガーとなりヲタクの元祖的存在の命が奪われたのはある意味皮肉だろうか。

 「死刑にしやがれ!」と主張しながら犯罪に手を染める自暴自虐な人々が跡を絶たない状況にあっては、最早この国におけるこの最高刑が、犯罪抑止力としての存在価値を喪失していることに、何故気づかないのか。

 気がつかないふりをしているのか。

 思えば、事件から既に20年が経過している。宮崎死刑囚が手に染めた幼女と同世代の女性は、既に大半が社会人になっている。というか、ウチの職場にもそういう世代の女子は存在するのである。

 それだけの時間を使って、我々はいったい宮崎勤の闇をどれほど解明出来たのだろう。あの事件から学ぶべき事は多々あったはずなのに、最早その機会は国権により永久に葬り去られてしまった。

 やるせない気持ちだけが残る梅雨間のある晴れた日。

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コメント

理解できないものは、排除してしまえ。と言う発想の人は最近多いです。事件が凶悪だと、よけいに「彼ら」と「自分達」に分けてしまうようです。

投稿: MATA | 2008年6月17日 (火) 22時26分

>>MATAさん
 ただ、mixiの後悔日記をザラザラ読んでいると、今回の執行に違和感を感じている人は、結構いるようですね。

 「6ヶ月で13人執行」という数字が如何に異様であるのかが、さすがに社会的に認知されてきたってことでしょうか。

投稿: 犬丸36 | 2008年6月18日 (水) 07時09分

多くの人の常識では理解し得ないような凶悪事件が多発しているので、執行がたて込んだことに違和感を感じても、死刑制度そのものを廃止せよという世論が活発になるかどうかは微妙ですね。

ワタシは今のところ死刑制度に反対でも賛成でもないですが、両論が主張できる世の中のほうがいいとは思います。ただ、最近の死刑賛成論は「異端者排除」の視点が強いように感じていて、嫌なムードです。

投稿: MATA | 2008年6月18日 (水) 12時43分

犬丸36氏とは違い、私は、「法務大臣が署名をしなくても死刑執行できる」方向に世論はいくんじゃないかとおもいます。拘置所で「税金でのうのうと暮らしやがって」という見方は「日本人」にはとても説得力あるとおもいますよ。死刑判決も増えていることですし、執行しないと現場システムが困るでしょう。日本は、人の上にシステムがある国ですから、システム維持のために執行するというのは「自然」な流れに思えます。

投稿: 白 | 2008年6月18日 (水) 20時23分

>>MATAさん
 この国の場合、影響としてでかいのはガイアツですから、意外に死刑廃止って路線は目があるんじゃないかと思うんですけどね。

 無理かな?ま、極端から極端に走るのはこの国の常ですし、3年後に死刑が完全廃止されていても小生は驚きません。

>>白さん
 このような場末にようこそ・・・

 「世論」は当然にそう流れるんでしょうね。で、しばしばこの国は「世論」に流されるからなあ。「遺族感情」とやらが伝家の宝刀として振り回されるとやっぱそっちに行きますか。

 さらっと調べてみたら、現在の死刑囚って100人ちょっとですか。その位の人数を我々の税金で養うのは全然オッケー

 ・・・って思うのはワシだけ?

投稿: 犬丸36 | 2008年6月18日 (水) 21時52分

法律で死刑確定後半年以内に執行ってことになっています。
法治国家ですから、それは問題はないと思う。
窃盗したら捕まるし、駐車違反したら切符切られるし。

ただ、死刑廃止以前に被害者保護の方がおろそかになっている状況の方が問題ではないかと。
別に宮崎死刑囚の心情なんてどーでもいいっす。
秋葉原の加藤容疑者の心情が理解できたからといって、犯罪抑止にはならんでしょうし。

ただいえるのは、犯罪を犯したらどのような形であれ、罪を償わねばならないということです。
精神鑑定云々で罪を逃れるなんて、中核派弁護士はやっちゃいかんわけだ。
精神がヘンだから罪を犯した、ヘンなら隔離すべし。

投稿: 並さん | 2008年6月18日 (水) 23時42分

死刑には、アジアでは利がからまないので、ガイアツにはならないんじゃないでしょうか。EUの加盟条件に死刑廃止があるように、ああいう形であれば利と絡めることができるのでしょうけれど。
100名云々ですが、コストで考えれば死刑ではなく、終身刑で刑務所で一生タダ働きしていただいたほうが「お国のため」になるでしょう。米国は量的にもそういう域に達しつつあるとおもいます。「遺族感情」云々については、もっと奥があると考えていますが、別に死刑にしなくても、遺族のケアの仕方があるでしょうし、遺族補償を政府が負うのがカネがかかるのでヤナだけでしょう。死刑にしてしまえば、形式上、遺族感情を処理し、拘置所の経費も削減と表面上の利もある。下世話にいうと、生者による刑死者の有効活用でしょう。

>> 3年後に死刑が完全廃止されていても小生は驚きません。
うーん、死刑執行モラトリアム期間があったあと、再開し、死体量産ペースになって、その後、廃止ですか?。驚くなぁ、私は。

投稿: 白 | 2008年6月19日 (木) 06時53分

>>並さん
 小生は、宮崎死刑囚の心情にもの凄く興味があります。二度とああいう事件は起きてもらっちゃ困りますからね。幸い、彼と同パターンの重大犯罪はその後発生していないようですけど。

 罪は償うべき。異論はありません。だからこそ疑問なんです。「さっさと死刑にしろ」みたいな発言を続ける宅間死刑囚は、死刑によって罪を償ったと言えるのか?最後まで反省のコトバをはかなかった宮崎死刑囚もしかり。「死を以て罪を償う」ってのとは、二人ともかなりかけ離れてるんじゃないかと。

 我々はまだまだ悩まなきゃいかんと思うんですね。単純に「正義の執行」とかいって絞首刑でオシマイってのは、あまりに思考停止すぎ。

投稿: 犬丸36 | 2008年6月19日 (木) 21時13分

>>白さん
 死刑を廃止すれば、堂々とあの国をコーゲキできるネタが一つ増えますからね。向こう側を構成する人々には魅力的かもよ。

 お国のために働く、か。そう考えると犯罪に手を染めるのはやっぱ止めるべきだと感じますね。勉強になりました。

 「美しい国を作る礎が着実に出来ている」とか抜かした数日後に宰相の椅子を放り出す輩が出てきて、しかもそいつを排出した正当が未だに与党であるこの国です。死刑制度が迷走しても驚きません。

 呆れるけど。

投稿: 犬丸36 | 2008年6月19日 (木) 21時18分

死刑制度は「民」を直接訓致する重要な手段でしょう。これを手放して他国を「コーゲキ」するは本末転倒というものです。どちらも民掌握のための手段ですが、前者は直接支配、後者はリップサービスのようなもの。価値的に交換不能だとおもいます。

また、政府にとって政党なんぞ近代国家風を維持するタテマエであり、内実のないどうでもいい代物です。どうでもいいので「「美しい国を作る礎が着実に出来ている」とか抜かした数日後に宰相の椅子を放り出す輩」がいても茶番ですみ、政府には影響がありません。しかし、死刑制度は政党と関係なく、政府の制度です。ごっちゃにして考えるのはいかがなものでしょうか。

わたしの書き方がよくなかった為、「死刑制度の迷走」という印象を与えてしまったようです。モラトリアム期間は、反死刑派が、時の法相の選挙区でのゲリラ的活動(死刑執行のサインをすると選挙で不利になるかもしれないからサインしないという功利的な取引の仕掛け)が有効であった期間であり、死刑制度そのものに対して議論が深まったり広まったりしたとは考えていません。つまり、「死刑制度の迷走」などあったためしがないと考えています。

投稿: 白 | 2008年6月20日 (金) 00時15分

>>白さん
 我々の対話も迷走している気がしますが、ひとえに小生の適当なコメントが原因ですね、すみません。

 「直接訓致」ってのもどうにも小生にはピンと来ないのですが、鳩山クンの言う「正義の貫徹」とか言う理論がそれに近いんでしょうか。それにしては、世の中は意外にこの訓致に反発しているな、と感じております。

 というか、宮崎死刑囚に対する執行に違和感を持つ人間が、小生以外にも結構いるんだという点に、素直に驚きました。その辺りの点を鑑みて「世論は変わろうとしているんじゃないか」と述べたわけです。

 鳩山クンの所行に対して「死に神」という表現を使った大手新聞社まで登場したわけで、それはそれでどうかと思うんですけど、こういう流れは制度そのものへの議論に繋がるモノじゃないのかな。

 少なくとも一昔前のように「死刑=絶対悪」みたいなヒステリックな叫びだけが場外から聞こえていた時代とは明らかに変わってきたように思えるのですが、如何でしょう?

投稿: 犬丸36 | 2008年6月20日 (金) 22時07分

・直接訓致
権力はパワーであり、尻尾を振るまで繰り返される見せしめであり、死刑であると。また、日本の場合、人の上にシステムがあると、わたしは見ていますので、人間(じんかん)の関係を表す言葉として相応しくない言葉を選んでみました。

・如何でしょう
個々人の感度については、個人内で完結しているので迷走しようがないですね(笑)。夜を徹してのサーチなどはしていませんが、執行直後に軽くサーチした時にみたネットの状況では、変化を感じていません。

これは私の被害妄想のようなものですが、逆に、「悪化」、どんどん法律にしたがって執行せよ、という意見が正当化したようにもおもいます。

例示されたようなエモーショナルな記事が起因になって議論が深まることはないとおもいます。来週には何事もなかったように…。

わたしの狭く浅いネットワークでは、情動的な反発ではなく、「宮崎死刑囚の心情にもの凄く興味があります。二度とああいう事件は起きてもらっちゃ困ります」から「我々はまだまだ悩まなきゃいかんと思う」し「闇をどれほど解明出来たのだろう」という観点を明確に意見として述べている人は犬丸36氏くらいしか知らないのです。

そんなわけで、珍しく、かつ、重要で、貴重な意見を拝読したとおもいましたのでお邪魔させていただきました。

投稿: siro | 2008年6月21日 (土) 13時57分

>>siroさん
 仰せの通り、個人的な感想を元にオハナシしているわけで、かみ合わない方が当たり前ですよね。

 小生がもっとも違いを感じたのは、光市事件の元少年に対する死刑判決が出た時の世論、ちゅーか、ぶっちゃけ立て読みしたmixiの日記、に於ける反応なんですけど、ま、死刑判決と死刑執行では違いが出るのは当たり前か。

 それでも、朝夕我が家にポストされる地方新聞ですら、社説論説で本件の執行に違和感を唱えておりまして、この辺りの流れを錦の御旗に、小生は「持論が世論と一致してきたですぞ!」と騒ぎ立てたわけです。

 オハヅカシイ限りであります。ここまでおつきあいいただきましてホントにありがとうございました。

 尚、宮崎勤氏に関しては、逮捕直後から他人とは思えぬ目線で事件を眺め続け、興味を抱いておりまして、今もその執念は途絶えませぬ。そういった背景もあって、今回は暴走しちゃったんでしょうか。

 ともあれ、妹を殺害しその死骸を切り刻んだ医学予備校生が、解離性同一障害を原因として、その違法行為の一部につき罪を問われぬ、との判決が出たのがつい先頃。

 同じ精神的病を患っていたと思われる宮崎氏の死刑執行は、やっぱどう考えても時期尚早だったと思う・・・

 ・・・なんて事をブログに書き連ねているのも、この国ではワシだけなんでしょうかね。そうかもねえ。

 

投稿: inu | 2008年6月21日 (土) 21時34分

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