« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月31日 (水)

Aタイプかよ・・・

 食玩やガシャポンからは、基本足を洗ったのである。集め出すとホントキリ無いしね。

 なんだけど本日、年末の買い出しで訪れたサティで「ウルトラマンBタイプ、ガヴァドンAタイプ」の対決セットミニソフビ付き食玩を発見。即ゲットしますた。

 はー、しかしなんか目の周りの色塗りが凄く雑で、軽く鬱であります。数百円の食玩に期待した小生が馬鹿なのでしょうが。

 しかも、こんな内容で今年のブログが終わっていくのか?元旦休日診療所に始まって骨折、気管支炎、ヘルニアと、まあいろいろあった一年だったけど生でデヴィッド・マレイも見れたし、よしとするか。

| | コメント (3)

2008年12月24日 (水)

親子でマントかよ・・・

 実家の片づけをやっていた流れで、昔のアルバムを持ち帰ってみたのである。ちょうど小生が今のジナン君位の年頃の写真。1970年頃。

 どれも懐かしい写真であるのは、まあ当然のことであるが、その中にもの凄く郷愁を誘うスナップが存在していたのである。

 大山崎の新興住宅地、祖父の家の前で、今は無き祖母と5歳の小生が写っている。小生の顔は非常に晴れがましく、なんとなれば、背中にご自慢のマントがはためいているのである。

 タイガーマスクのマントである。

 ビニール製の虎模様のマントをどうやって入手したのやら、今となっては皆目見当も付かないが、確か売り物ではなく、何かの懸賞に当たってもらい受けたモノだったと記憶している。従って入手できたとき、非常に嬉しかったのである。

 入手後しばらくは近所のトモダチや親戚に見せびらかしてジマンしていたのである。その時の写真が今回話題にあげたスナップである。

 いやはや、そんなマントの存在すら全く忘れ去っていたというのに、一枚の写真を目にしただけであのころの高揚感が蘇ってしまった。三つ子の魂百まで、とはよく言ったモノ。

 

 さてはて、昨日まで胃腸系の強烈な風邪でダウンしていたジナン君であるが、今日はケロっと治ってしまい、チョーナン君と家の中をはね回っている。

 彼の腰に付いているのはキバベルト。そして彼もまた、ヨメの三面鏡のカバーであるところの布きれを首に巻いてマントに見立てているのである。

 どうやらエンペラーフォームのコスプレであるらしい。

 非常にご満悦のその表情を見て、血は争えないものだと痛感した次第。

 しかし、小生がタイガーマスクのマントで遊んでいたその頃は、未だ仮面ライダーはこの世に存在しなかったのであるよなあ・・・

| | コメント (5)

2008年12月22日 (月)

ヘルニアかよ・・・

 坐骨神経痛っぽいな、とか暢気にブログに書いてたのが金曜日。

 翌日土曜日から激痛がやってきたのである。

 自転車はおろか歩行すらままならない状態。年末なので土曜出勤の日だったんだけど、座っていても激痛が走る状態なので、とりあえず接骨院に行く。

 で、椎間板ヘルニアでないかな?という診断結果をいただいたのである。症状的にはまだそれほど酷くないので、手術は不要。全治二週間くらいだろうとのこと。ただ、その間出来るだけ安静にするようにとのお達し。モチロン自転車は無理だよな。

 むーん、骨折に始まった我が2008年は、ヘルニアで終わりを告げるのか・・・

| | コメント (5)

2008年12月19日 (金)

坐骨神経痛かよ・・・

 12月16日火曜日、朝から左臀部→太腿→ふくらはぎの裏側に鈍い痛み有り。ジテツウして乳酸飛ばせば治るか、とか思ったが治らず。

 そのまま水木金と症状変わらず。ネットで調べてみたところ、坐骨神経痛であるらしい。むむ、なんか、長いおつきあいになるかもしれないビョーキなの?

 ひとまず明日はジテツウ止めてみるか・・・

| | コメント (0)

2008年12月17日 (水)

負うた子に教えられたかよ・・・

 知っている人は知っていると思うが、小生の字の汚さは、それはもう凄まじいのである。「ミミズがのたくっている」などという優雅なモノではない。「シャブ中のミミズが禁断症状でのたうち回っている」くらいに壮絶である。よくこれで社会人として通用していると、日々自分でも呆れかえっているのである。

 そんな小生の血を継いだチョーナン君には、絶対にこんな人生を送って欲しくなかったので、昨年より習字を習わせているのである。

 近所のオバーサンが自宅で教えているその教室は、なかなかにセンスが良く、いつもステキな言葉をチョーナン君は書いてくるのである。彼が教室に通う水曜日は、素晴らしい文字作品を見ることが出来るので毎週帰宅が楽しみなのである

 さて、今日はひょっとすると今年最後の教室なのかなと思って帰宅してみると、なかなかの大作が待ちかまえていた。

 細長い書き初め用紙にチョーナン君が端正に書いてきた文字は、

 「生きる力」

 今の時代、この時期に、齢8歳のオトコノコに力一杯この言葉を書かせるオバーサンセンセー、まさにサイコーであるよなと痛感した次第。

 で、なんだかこの文字列に勇気づけられ、今現在「ラメント・フォー・ブッカー・アーヴィン」などという実に暑苦しい音源を耳から流し込みつつこれを書いているのである。ちゃんと聴くのは15年ぶりくらいだろうか。ペラペラのLPジャケットは、さっき取り出してみたらノリが剥がれていてなんか大変なことになっていた。

 でもこの音盤全体に漲る力は、最初に耳にした20年以上前と全く変わることなく、今も小生の魂を激しく揺さぶってくれるのである。はー、CDで買い直した方がいいんだろうか。いや、やっぱこの音列はアナログで発してナンボ、だよな。


 残り少ない2008年。いろいろあった今年であるが(骨折とか)、最後まで気を抜かず乗り切りっていきたい。

| | コメント (2)

2008年12月15日 (月)

上から目線かよ・・・

 ようやく「篤姫」が終わったのである。これで毎週日曜日夜の呪縛から解放されるのである。日曜日朝の呪縛はきっと死ぬまで小生を束縛し続けるんだろうけど

 昨年の「風林火山」は、茶の間での人気よりも演技力を重視して配役を行ったのだそうで、なるほど、ごく一部の例外を除いて役者の演技に不満は出ない一年間だった

 「篤姫」は、これとは真逆のキャスティングを敢行。結果、まともな神経ではとてもではないが鑑賞に堪えない幕末劇が約50回繰り広げられることと相成った。

 マジメな話、若手俳優でまともな演技やってたのは原田泰造と堺雅人だけ。あとは宮崎あおいを筆頭にダイコンが勢揃い。特に玉木なんとかの坂本龍馬は酷かったよなあ。格別龍馬に思い入れを持たない小生ですら殺意を覚えるほどであったよなあ。

 これを支えるベテラン勢はさすがに手を抜かずにキャスティングしていて、相応の演技を見せてくれたので、なんとかドラマは破綻しなかったのかなという気はする。特に素晴らしかったのは中村メイコの庭田はん。間違いなく大河ドラマ史上五本の指に入るであろう、名演技ぶりであった。

 とはいえ、全てのベテランが素晴らしかったわけではなく、松阪慶子などというどうしようもないクソダイコン野郎もいたりして、トータルで評価すると、やっぱ学芸会の域を出るモノではなかったのである。来週から、これを観なくて済むと思うと、ホントすっきりするのである。

 ただ、この学芸会にもそれなりに意味があるのであって、なんとなると、今回の「篤姫」を見続けていると混迷の幕末史が、実に明快に理解出来るのである。

 最近では「新撰組!」が同じく幕末を舞台として展開していたのであるが、アレを観ているだけでは、新撰組とその周辺くらいの知識は増えても、幕末全体を捕らえるだけの史観までは生まれなかったのである。「篤姫」はかなり見事にこの辺を整理していた印象がある。高視聴率のホントの原因はそういうところにあったのではないかな?

 で、何故「篤姫」は、幕末をきちんと描き通せたのかというと、これはひとえに薩摩、徳川という、新旧勢力側から歴史を俯瞰した目線のなせる技なのである。いうまでもなく明治維新は「上からの改革」であり、下にいた新撰組から流れを見てもわかるはずがない。改めてこの国のチンケさを思い知った一年間であった。

 で、昨日放映された最終回は、維新後を描いており、いうまでもなく最早そこでは「篤姫」は「上」にいない。勢い、ドラマとしての求心力が見事に失せてしまった、唾棄すべき最終回と成り果てた。

 元来大河の最終回というモノは納得のいかない事が多いんだけど(「風林火山」も酷かったし)、「篤姫」はことさらにそれが酷かった気がする。まあでも主人公を演じたのがアレでは、仕方のない話か。

 前にも一度書いたんだけど、なんで篤姫役を上野樹里にしなかったのかと小生は言いたいのである。

| | コメント (6)

2008年12月12日 (金)

10日ぶりかよ・・・

 天候や体調やオシゴトの関係で、このところメガーヌ通勤が続いており、今日は久々のチャリ通となったのである。

 しばらく通らない間に、我が通勤路はかなり醜く様変わりしていた。

 西大橋から桂川東岸を抜ける公園が、工事のため全面封鎖となり、お陰で西大橋をくぐったところで、オニキスから降りてこれを担ぎ、土手の階段を上がる羽目に陥る。

 これがどうにも踏み代が短く危なっかしい階段で、ここをクリート付きシューズ履いてチャリ担いで上がるのは結構な苦行。工事は2月末まで続くそうなのだが、毎朝これをやるんだろうか。いつの日か踏み外して転げ落ちる日が来そうな気がするんだな。

 そこに至るまでの久世橋から北側、天神川流域では、不法耕作地に対する行政代執行が実施され、現在ショベルカーが数台入ってここを掘り返している真っ最中。サイロ自体は、一応黄色いテープで区切られて通行可能であるが、走っていてむなしくなる不毛な光景ばかりが眼下に広がるので、憂鬱になる。個人的には行政側の言い分に分があるとは思うんだけど、もうちょっと上手い着地点は探れなかったのかという思いも浮かぶ。

 ここも3月くらいまで工事は続く模様。この憂鬱な気分は春まで続くのだろうか。

 当然、夜の道を自転車で走るのも10日ぶり。これだけ空くと、生身を夜の国道にさらして走る感覚を身体が忘れちゃってるのである。いやはや、怖いですわこれは。おっかなびっくりで帰ってきた本日である。まあ、そのくらい慎重な方が安全でいいのかもしれないけどね。

 気がつけば今年もあと20日を切っている。これを買ってから半年経ったのにまだ全部聴けてないんだな。で、そういう状態なのに鈴木雅明のバッハ四大宗教曲ボックスなんてものをポチってしまって、嗚呼、こんなもんいつ聴けるんだろう。とはいえ、単価600円とか言われるとやっぱ普通買いますよねえ。

 ねえねえ?

| | コメント (2)

2008年12月10日 (水)

矛盾する欲望かよ・・・

 先週からどうにも風邪気味でこのところ咳が止まらず、さっさと寝ようと思うのであるが、なんか唐突に映画が観たくなってきたのである。

 そんな時間どこにもないのに、どうしよう。

 ちなみに、観たい映画は二本。

 「フルメタル・ジャケット」と「天空の城ラピュタ」。

 嗚呼、なんでこんな二本が並列的に観たい映画として並ぶんだ小生の脳髄はどういう構造になっているのだ誰か教えてくれ。

| | コメント (5)

2008年12月 4日 (木)

サルベージかよ・・・

 ドリトル先生はペットショップが苦手なのである。

 「動物語を理解する人間」として動物界の著名人であるカレがペットショップに行くと、店中の動物たちが「わー、ドリトルセンセーだ、アタシを買って買って買って!!!」と叫びまくり(嗚呼猥雑台詞)、大変なことになるので、苦手なのだそうだ。

 小生は玩具店は苦手ではない。どころか、大好きである。大型チェーン店もモチロン楽しいが、街中で頑張ってる個人営業店はもっと楽しい。

 そういう店のソフビコーナーにたたずんでいると、ソフビ達の言葉が聞こえてくるのである。「もう、こんな薄汚れた店内で放置プレイされるのは飽き飽きしているのです。なんとかワタクシを買い上げて、貴殿のコレクションに加えて欲しいのですオネガイシマス」と、彼らは涙ながらに訴えるのである。その声はホントに聞こえるのである。アナタには聞こえないかもしれないが私には聞こえるんです。あなたとは違うんです!

 そして小生は、ドリトル先生とは違うんです!逃げちゃダメなんです!聞こえてくる声に真摯に向き合い、その声を汲んであげるんです!

 

 本日訪れた玩具店で、小生に声をかけてきたソフビは二体。バオーンとルクーリオン。ふむふむ太田愛コンビネーションか、なかなかに巧みな攻めであるな。これはもう、サルベージしてあげるしかあるまい。

 誤解されそうであるが、彼らをレジに連れ出し財布を開く時、小生の心の中にあるのは「物欲」ではない。彼らを救い出してやろう、日の当たる場所に連れて行ってやろうという心根は、そう、アレだ。自由、平等と共にフランス野郎がカクメーのスローガンに掲げたアレ。嗚呼、なんと美しいオハナシであろうか、書いていて泣きそうになってきたよ。

 帰宅してチョーナンに見せてみる。一瞥しただけでバオーンの正体を見破ったのには正直驚いた。ルクーにはちょいと手こずっていたけど、資料をあたり5分後に正答を小生に突きつける。そして先日自分で作成した手書きの「ウルトラシリーズ別手持ち怪獣ソフビリスト」に彼らの名前を書き付けてゆくチョーナン君に流れるDNAは、やっぱ小生とヨメのと同じなのであろうか。

 カレもまた、ソフビサルベージをその生き甲斐として人生を歩むのであろうあるよなあ。そしていつか、自分のハンドルネームを誰かさんが作ったオリジナルソフビに付けてもらうのであろうあるよなあ。

| | コメント (2)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »