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2009年5月30日 (土)

日和見かよ・・・

 ここ15年ほど、ジーンズは501しか履いてこなかったのであるがのう・・・

 本日ユニクロでジーパン購入。2980円也。501だと多分1マソ越えてるよな。

 



 ええと、ということは7000円以上得しちゃったんだって?

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2009年5月26日 (火)

復活の妄想かよ・・・

 徹底的にぶち壊された小生の精神もようやく落ち着きを取り戻してきた模様。それが証拠に、相応の妄想が持ち上がりつつある。

 今現在我が妄想が向かいし先はアルペン方面。

 青山ロックンロールショー当日、チョーナン君にモンベルの子供用トレッキングシューズをかってやったのが始まりである。

 その後二人で話し合い、とりあえず今年は11月まで、毎月一回山登りをしようと盛り上がる。

 23日土曜日、第一回目。新シューズのシェイクダウンなので、近場の低山であるところのポンポン山に行く。チョーナン、ひーひー言いながらもなんとか歩き通してみせる。

 靴に問題が出なかったようなので、6月は比叡山に連れて行く。7月はキャンプを絡めて伊吹山。以下、武奈ヶ岳、六甲、倶留尊山、と続け、11月の締めに愛宕山に行く予定。これで今年は終わり。

 で、来年。

 詳細は未定であるが、どこかで白山に行ってみたいと思うのである。出来ればテント泊がいいな、などと思うのである。そうなると40リッタークラスのザックとアルパインテント、バーナーにランタンを買わなくちゃイケナイけど、一度揃えてしまえば、その後も楽しめるのだからいいのである。

 白山を制覇したら、次は立山だろうか。アルプスも狙えるか。つまらないと噂の富士山も押さえておく必要はあるだろう。

 で、更にその次は・・・海外だよな。本場アルプス、ロッキー、ヒマラヤ、アンデス、キリマンジャロ・・・

 幾ら並べてもきりがないけど、小生の憧れはなんと言っても白頭山。3年後にはあの国及びそれを取り巻く体制が変わってて、我々親子が存分にその雄大な山肌に触れることが出来ますように。

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2009年5月23日 (土)

手紙かよ・・・

 キヨシローの死に関して、マスコミやwebを通してこれまでなんのメッセージも発信してこなかったチャボが、昨日、本日と、南青山でソロアクト。

 チケットは前から売り切れだったので、当然にそれを体感する事はかなわなかったのであるが、予想を超えるパフォーマンスになった模様。文字通りの神懸かりだろうか。

 ラストはキヨシローへの手紙を読んで締めくくったそうだ。その空間の有様を語ってくれているブログを読むだけで、また目から汗が流れちまうぜ・・・

 磔磔でまた逢える日はいつだろう。

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2009年5月20日 (水)

三万分の一かよ・・・

 ヱヴァケータイが欲しいのであるが、ゲット出来るモノなのであろうか。欲望は盛り上がっているけど、並んだりするのは億劫であるよなあ。

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2009年5月14日 (木)

再びの欲望かよ・・・

 

この時の欲望はすぐに消え去ったのであるが、今再び燃え上がろうとしているのである。

 嗚呼、ギターが欲しい。

 やっぱ、一家に一本あってもいいですよねえ。ここ見てると、コード4つ覚えたら弾けそうだし。

 どこかに、中年オサーンにも扱えそうな安物中古品、転がってないでしょうか?

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2009年5月 9日 (土)

決壊かよ・・・

 嫌いな芸能人は掃いて捨てる程いるのであるが、その筆頭は間寛平である。昔からダメなのである。生理的に受け付けないのである。彼の「ギャグ」とやらでは全く笑えない。見るだけで不快。ナイトスクープを見なくなった理由はアイツが探偵になったからだな。

 そんな大嫌いな寛平が、北米大陸をランニングしている真っ最中に、キヨシローの訃報に接し、号泣するシーンを、本日限定のyoutube画像で朝から観る。

 今日一日だけ、寛平に愛を与えてやる事に決める。

 チョーナン君の診療時間にあわせて10時天理着のつもりで家を出るが、全然間に合わない。あまつさえ、到着直前に道を間違え遅刻。今日は心ここにあらずなのである。許してくれチョーナン君はじめ家族のみんな、Y先生。

 ウナギ屋で昼食を済ませ、高の原の巨大サティでチョーナン君の登山靴を買って帰宅。車内にはGlad All Over のCDを流し続ける。キヨシローとチャボが、バンド形式できちんとやったのはこれが最後だったんだろうか。

 夕食を済ませ、19時のNHKニュースで「忌野清志郎青山ロックンロールショー」の模様をかいま見る。予想以上の壮大な式典になった模様。やっぱ行くべきだったとまたも後悔。

 その後、チョーナン君と将棋を指し二連勝。チョーナン君とジナン君がオセロを始めたので、以前撮り溜めたDVDから、NHKが放映した、35周年ナニワ・サリバンショーを観てみる。

 病に冒される前のキヨシローが唄う姿を目の当たりにして、涙腺決壊。ヨメに馬鹿にされつつガキ共の前でひたすら号泣。いやはや、こんな風に泣いたのはいつ以来だろう。と言うか、記憶にないかも。

 ホントに死んじまったんだな。未だ受け入れがたいけど、それが事実なんだな。

 落ち着いたらお墓参りに行こう。

 

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2009年5月 8日 (金)

代打決定かよ・・・

 あー、以前募集したMt.富士ヒルクライムの件ではないので念のため。

 明日13時から、トーキョー青山で営まれるキヨシローの一般葬儀に行ったモノだかどうしたモノだか悩み続けたのである。悩みすぎて、連休明けの昨日は全くシゴトに手つかず状態。

 一時は家族全員で東京入りして行こう!と盛り上がったのであるが、盛り上がったのは小生一人で「手前一人で行ってこいや」と同居人から罵声を浴びておじゃん。「そもそも、なんで葬式に行くのだ?」とか問われる始末。

 けじめを付けるため、である。彼の死を受け入れ、残りの人生を生き抜くため、である。

 とはいえ、冷静に考えると、往復2マン超の新幹線料金をJRに投資するのは少々厳しい。それにどうせならその金を未所有のCDやDVDに投資した方が、遙かに供養になるとも思えるのである。

 で、悩んだ末にメールを一本送ったのである。古くからのオイラのダチに。

 野音で共にGlad All Overのライブを観たあと、こいつら夫婦の家に泊めてもらったな。他にも何度か泊めてもらったな。まだ幼女だった娘さんと一緒に風呂にも入ったな。

 ほぼ10年ぶりの無沙汰、しかもその責任は全て小生にあるという状況で送りつけたメールに対し、ダチはこれ以上ないという程に温かい返事を投げつけてきた。ソーシキには奥さんの方が行くので、小生の分も祈ってくれるとのこと。添付ファイルの写真を開くと、ジョシコーセイになっちまった娘さんが笑顔でたたずんでいる。そうか、もう10年以上経過してるんだ。秋田犬は逝っちまったのか

 キヨシローを失った痛みは未だに癒えない。臓物の一部をごっそり持って行かれたような空虚感は、まだ身体に残っている。

 でも、彼を通じて繋がった絆がまた復活しようとしているわけで、それはきっと明日への糧になると思うのである。そう信じて、小生は歩み続けねばなるまい。

 さて、供養に買うべきCDとDVD、どれにしようかしら。

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2009年5月 4日 (月)

始まりかよ・・・

地元Jリーグ球団熱烈ラブのイラストレーター
小生など足元にも及ばぬ鐵ヲタアニキ
財布を落としたカーヲタダイバー
オリジナル怪獣ソフビディーラーの先駆者にしてゲゲゲワールドの第一人者
テクノとマックとツインエンジンモーターサイクルを愛するカングー乗り
カープ命のプロレスヲタク
小生の8億倍くらいロッカーな人生を続けるwebディレクター
ひょっとするとハワイで共に走ったのかもしれないプジョー乗り
激務にもかかわらず毎朝5時半からのサイクリングを欠かさぬ飲んだくれ野郎
理想の音と映像を求め続ける求道
園児の父にして特撮造形ヲタクの美容師
ロック方面のLPを大人買いし続ける初代インサイト使い
自作真空管アンプでTelemannとperfumeを楽しむBX乗り
勤め人にして主婦と書くとノーマルそうだが全然ノーマルでないトゥインゴ乗り
痺れるモノクロ写真で毎回小生のハートをノックアウトするハイドロ乗り


 別段、音楽を第一次的な繋がりとして出来た仲ではないのに(というかそういう友人は小生には存在しない)、これだけの愛すべき我がマイミクたちが、一様にキヨシローへの哀悼の意をその日記に綴っている。このジェネレーションにそれだけのインパクトを与え続けた存在であったと、当たり前のことながら改めてその大きさを思い、失った大きさに小生は呆然としている。

 昨日朝、キャンプ場でケータイニュースを読んで訃報を知ってからずっと呆然としている。まだまだ、穴は埋まりそうにない。というか無理だろうな。ワイドショーとか見れば追悼映像とかで的そうだけど、見る気にならないな。

 小生は、真面目に聞き始めたのはタイマーズからなので、非常に遅れてきたファンである。RCは末期の3人編成になってから3度観ただけ。その後の活動も僅かに6回しか観ていない。去年の復活イベントは、最終の京都を悩んだ末に流した。

 一生後悔し続けることだろうと思う。

 もっと早くに知ることが出来たなら。嗚呼、どれほどに我が人生は豊かになっただろう。上に書いた、たった9回のライブ鑑賞と数十枚のCD購入という薄い繋がりしか持てなかったにもかかわらず、彼は小生に大いなる生きる力を与えてくれたのだから。

 キヨシロー後の世界を、我々はどう切り取って生き抜いていけばいいのだろうか。

 文字通り「伝説」になっちまいやがった事に対するやり場のない怒りはおそらくずっと収まらないんだけど、でも、ここからは「伝説」の始まりでもあるわけで、それを受けいてることがオトナとしての生き方なんだろうと、キヨシローに鼻で笑われそうなごり押し展開を以て、その死を受け入れてやろうじゃないか。

 「忌野清志郎」、その名は永遠に多謝の追従を許さぬ、絶対孤高の存在である。それを冒す者あれば、俺が全身全霊を以て打ち砕いてやるぜ。

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