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2014年2月23日 (日)

スピリットかよ・・・

 午前4時36分,病院からスマホに着信。着替えてコンタクトレンズ入れて,途中コンビニに寄って病院に付いた時間は5時15分。オカンのオトウトに電話だけ入れて病室に入ると,心拍きわめて微弱,下顎呼吸状態のオカンがベッドに横たわっていて,看護師さんと当直医さんから長くないだろうと説明を受ける。真夜中の病棟,ナースセンター前に設置されたオカンの心拍モニター音とそこからしばしば流れるアラートが鳴り響く。

 が,そのまま付き添っていたところ,なんか心拍も落ち着き呼吸もゆっくりになって来る。モニターアラートもならなくなる。8時頃,喉の異物を取るため看護師がチューブを入れたらチューブを噛んできたとのこと。これは持ち直したのかな,と当直看護師と話をし,午後から仕事に出ようと一旦引き上げることにする。午前9時頃病院出発。

 朝食等済ませるため,家と逆方向のショッピングモールに一旦向かい駐車場にメガーヌを入れたところで,しかしもう一度病院から電話が入る。やはり呼吸等かなり微弱なので戻って欲しいとのこと。

 用事を済ませ病院に戻ったのが9時50分頃。入り口で見舞いに来たオカンのオトウト及びオカンのオトンとすれ違う。オカンのオトン(98歳)曰く,あの顔色ではもうアカンやろ,とのこと。

 職場にやっぱ今日は休む旨連絡を入れ,そのまま病室で付き添う。枕元にスマホを置いて,シュトゥッツマンのシューマンを流してやる。が,入院中の患者さんたちの合唱パーティー(?)が始まってなんだか病棟が賑やかになってきたので,スマホは閉じる。老人ばかりが暮らす病院なのでみんな楽しそうに「リンゴの唄」とか「青い山脈」とか歌っている。このままオカンが戻ったとしてもあの輪には加われないだろうなあとぼんやり思う。

 そのまま病室でタラタラとスマホをいじっていたら看護師さんがパタパタと入ってくる。歌声にまぎれて聞こえなかったのだが,またアラートが鳴っていたらしい。

 「あら,呼吸したらへんわ」と胸に聴診器を当てた看護師さん。時間は11時1分。先生を呼びに行ってくると彼女は退室。私が見守る前で,しかし一度だけ母は顎を下げて息を吸い,そして動かなくなった。

 別の男性看護師が心拍と動向反応を確認,続いてドクターが再度確認。この際確認された「平成26年2月18日午前11時5分」が死亡時間として戸籍等に記載されることとなった。

 その後3日かけて弔いを行った。とはいえ,故人と私の意志で通夜は行わず近親者での告別式のみとしたため,「普通」のパターンよりはかなり楽だったんだろうとは思う。まあ,それでも大変やったけど。

 というか,すぐそこに死体がある状況ではまともな思考など働かない。本も読まず,時折来客の世話をして,そしてオカンのCDコレクションからオペラばっかりイヤと言うほど聞かせてやった。

 告別式も音楽葬である。葬儀,というかお別れ儀式?にはワルターのモーツァルト・レクイエムを流した。出棺前にはシュライヤーの水車屋から小川の子守唄をかけてやった。前者は,オカンが学生時代から保有してた数少ないLPコレクションの中にあり,たまたま私もCDで買い直して愛聴していたアルバム。後者はクラシックに目覚めた中学生の私が,母と共に楽しんだ数少ない一枚。今となっては私しか記憶していない思い出の一曲。

 享年75歳というのは,今日の平均よりはかなり早いと思われる。45歳で逝ったオトンもモチロン早すぎる。夫婦そろって我侭でせっかちなのである。一人っ子の私はいいメイワクである。

 が,今にして振り返ってみれば,二人ともその人生を余すところ無く楽しんでいたことは間違いない。彼らの生き様から私はいろいろなものを受け取り,それらは今現在の私の人生を確実に豊かにしてくれている。

 とりわけ大きいのは,父からもらった野球を愛する心。そして母からもらった音楽を愛するスピリット。

 次の世代にこれらを引き継ぐのが私の使命なのかもしれない。とりあえずオヤジから背負わされた使命は既に次に伝えることが出来ている。つまり私の人生も既に半分は終わっているのかな。

 残りの使命を果たすため,明日からも精進しよう。 

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