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2014年6月22日 (日)

消去法かよ・・・

 「メガーヌ」「ハイドロ」というカテゴリーはあるが,それ以外のクルマを語る場所は無いのだな。へんなブログ。

 というわけで,フィアットとシトロエンのディーラーに行ってきた。パンダとC3が目当てである。

 ・パンダ
 「新入社員」という感じのニーチャンが担当として付いてきた。外に展示してある車両をまずは見せていただく。

 犬丸「面白そうだけど,○○はないんですよね・・・」
 ニー「あ,もうすぐ入ります。」
 犬丸「げ,マジっすか?」
 ニー「マジっすよ,ただ△□△ですけど・・・」
 犬丸「げげげ,△□△なの?ソレって右ハンドル?」
 ニー「ええ,右です。×月発売予定っす。」

 ということで,内部資料を見せてもらった。むーん,一瞬かなり心が揺らいだ。が,冷静に考えてみたら,今の私に△□△は不要だろ。もうスキーにも行かないし。と,なると,やっぱ素のパンダがいいのかな。リヤはかなり狭いけど,ヨメ怒らないかな。

 ・C3
 先代にも乗ったこと無かったので実は初めてなのである。単純にAXの進化したヤツだと思っていた。

 ・・・全然違った。大きく裏切られた。

 「小さな高級車」みたいなところを目指しているんだろうと感じた。確かにパンダの次に乗るとあちこちの質感は段違いである。

 でも,走らせたらつまらなかった。変に室内を高級にしちゃったが故にお里がばれちゃったという感じである。3気筒エンジンは時折がくがく揺れて不快であった。ホイールベースの短さゆえの不安定さもなんか整理し切れていない。このサイズで街乗りが楽しくないフレンチというのはちょっとなあ・・・

 同じエンジンつんだ208に今度はチャレンジしてみようかと思うが,まず自分の中でC3という選択肢は消滅した。

 
 

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実験2

これでいいのか?

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2014年6月19日 (木)

蒸気機関車と黄色い花

 煙を吐きながらゆっくりと蒸気機関車が目の前を通り過ぎてゆく。タンク型のおそらくC11は,バックの形で,短い石炭スペースを頭に国鉄奈良線を北から南へ走ってゆく。何かを曳いていたのだが,それが貨車だったのか客車だったのか,覚えていない。

 線路脇のスペースでは黄色い花が揺れている。菜の花だったのだろうか。母に手を引かれた私はその光景に魅入られている。

 私の中の,最も古い映像記憶である。くっきりとカラーで脳裏に残っている。

 ただ,機関車が本当にタンク型で,逆向けに走っていたのか,今となっては心もとない。奈良線と蒸気機関車についてサラっとググってみたら,1971年が運用最終年だそうで,65年製である私の脳裏に蒸気機関車の映像が残ることとの整合性はあるものの,走っていたのはもっぱらC58という情報が拾えた。

 いくら短いとはいえ,テンダーの端くれであるC58だと,何かを曳きながら逆向けに走行することはあまり無かったのではないだろうか。

 70年代後半,ローティーン期にリアル鉄ちゃんの端くれに成り上がり,最も好きな機関車がDE10だった私が,自らのメモリの中の機関車を,なんとなく似たタイプの蒸気機関車に上書きしてしまった可能性を否定することはできない。

 そう,私はあまり蒸気機関車に関心は無かったのである。記憶の中に残っている蒸気機関車も,上記の映像だけである。昔の写真を見ていると他にも何度か蒸気機関車が曳く列車に乗車する機会はあったのだが,機関車の記憶は全然残っていない。

 だが生前の母はことあるごとに「アンタがまだちっちゃいコロ,A市に帰るのに山陰線に乗ろうとおもたら,京都駅で蒸気機関車を買ってくれと泣かれて往生したわ」と語り続けていた。

 A市には祖父母が住む母の生家があったが,祖父母は68年に乙訓に引っ越しているので,上記の記憶は私が3歳までの時のものということになる。
 A市への旅行そのものは断片的に脳裏にある。母と共に銭湯に行ったこと。どこかの公衆便所で男子便器がずらりと並んでいる光景が面白かったこと。母の弟に遊んでもらい,おそらく地元消防団が保有していた消防車に乗せてもらい有頂天になったこと等々。

 でも,これらA市の記憶はモノクロームで残っている。叔父と遊んだ,Y川であろう河川敷での思い出もモノクロームのままだ。

 私の中にカラーで残っている最古の記憶は,やはり奈良線を走る蒸気機関車と,その沿線でゆらゆら揺れる黄色い花々なのである。花の名前を私は知らない。

 

 

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2014年6月17日 (火)

ヒヤミズかよ・・・

 始めたばかりで偉そうに書くのも恥ずかしいのでとりあえず三ヶ月続けられたら書こうと思っていて,ようやく三ヶ月経過したので書いているのである。

 このところ,走っているのである。

 いろいろなパターンを試してみたが,結局,平日の朝30分5kmを週3ペース,時々週末に1時間ほど10km,というところで落ち着いてきた。

 当初は1km辺り7分程度のペースであったが,このところは6分を切るところまで来ていて,身体が馴染んできているのが自分でもわかる。とはいえ,ここからさらに伸びるとはちょっと思えない。ちなみに5kmクラスの「大会」の記録を見ていると,50代男性とかでもトップクラスは20分を切っており,すなわち1km辺り3分台とかで走っているわけで,やっぱそういうところには近づかないほうが幸せな人生を送れるのだろうと思っている。

 しかし,辛い。

 スイムよりバイクより,ランははるかに辛い。だがしかし,辛い故に効果も高い。走り始める前の冬場,下半身周りで相当にタブタブしていた贅肉は綺麗に落ち,スラックスにすんなり腰周りが通るようになった。ウェイト自体はそれほど変わらないのだが,身体つきは明らかに変わった

 と自分では思う。

 経済的なインパクトが小さいのもこのスポーツの強みだろうか。ここまで走る為に支払った金額は,ええと,タイツ5000円,スマホケース1600円,キャップ1500円,滑り止めつきソックス500円,サングラス2000円,といったところ。うち,スマホケース以外は無駄にならずに使えている。あ,でも近々サングラスは買い換えたいところであるやっぱ2000円のデバイスでは使い物にならんのであるむきー!!!

 で,この先ナニを目指すのかというと,別に現状の維持ができればいいかと思っているので,これ以上はあまり望みません。夏本番になるとどうなるのか,逆に真冬がどうなるのかが不安ではあるが,この辺りは自転車で通過しているのでなんとかなると思っている。

 今のところ月間総距離80kmといったところなので,冬までには100kmくらいに延ばせればいいんだけど,何せ年寄りのヒヤミズであることは重々承知しているので慌てず騒がずで続けよう。

 というか,今後走ることについてここに書き込むことってあるのかしら。多分無いんじゃないかな。久々の更新がこれでいいんだろうか。

 

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