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2016年7月27日 (水)

富士登山 実践編 その2

 今回宿泊したのは砂走館。プリンスルートで使える小屋は3つしかないのであまり深く考えずにここを選んだ。定員150名とのことだが,ガシガシ詰め込めば可能なんだろうか。留まった日はほぼ満員とのことだが,「定員」の半分くらいだったんじゃないかな。それでもかなりの混雑ぶりだったけど。

 いうまでもなく富士山は東日本に位置する山なので,関西の人は多くない。寝床の両サイドが各々関西弁の男性ペアだったのは,だから結構稀有な組み合わせだったんだろうか。双方ともに1時過ぎに起きてご来光登山する模様。私は当初は3時くらいに起きてゆっくり,と思っていたが,いざ現場に来てみると,やはり山頂で日の出を見てもいいかもしれないと思い始める。

 7/24
 というわけで0110くらいに目を開けた。左側のペアは既に出発した模様。0125くらいまでまどろみ,その後用意をして,0200出発。風があまりなく,思ったほど寒くない。フリース2枚にダウンベストで十分。手袋も真冬用のモノは不要だった。

 ヘッドランプを頼りに,一歩一歩踏みしめて歩く。人が少ない御殿場ルートとはいえ,相応の登山者がいる。噂に聞いた通り道端でぶっ倒れている人もいる。一人抜くうちに三人に抜かれるくらいのペースでゆっくり歩く。女性を含んだパーティーがもの凄い勢いで抜いて行って驚いたのだが,その先で抜き返したりで,結局最後までそれの繰り返しとなった。

 幾度も幾度もスイッチバックをやりくりして上り続ける。山頂らしきものは見えるが,どこがゴールなのか,先のルートがどうなっているのかわからない。だがそれはある意味楽だったような気もする。延々と続く九十九折れ道を目にしたら,登る気力もうせてしまうかもしれない。

 宿では「頂上まで大体2時間」と言われていたが,おおむねその通りのタイムで到着する。鳥居手前まで来るとそれなりに混雑して流れに乗ってそのまま0405登頂。

 ワラワラと大勢の登山者が歩いている。ポケモンGOやってる人もいる。ツアー客達の上ずった喧騒に包まれて山頂付近を漂う。火口まで行ってみる。写真で見た通りの火口がそこにあった。ただ,それは私が受け止めるにはあまりに大きすぎたのであろう,なんかこう,意識が変なところに飛んでしまい,そのまま声を出して笑ってしまった。

 夜明け前の富士山頂で一人笑ってる50過ぎのオッサン。嗚呼・・・

 変なテンションのまま剣ヶ峰を目指す。手前にあるたかだか70メートルくらいの坂について,あれは辛かったと感想を述べる人がやたら多くて馬鹿にしていたのだが,行ってみると無茶苦茶辛かった。途中ぶっ倒れて起き上がれなくなってる人までいた。大混雑の中,何とか場所を確保してご来光を迎える。

 大騒ぎにこそならなかったけど,周りの人々のテンションは私同様おかしくなってる。おかしな連中に囲まれて写真を撮りまくり,石柱前であだっち会タオルを広げ,写真を撮ってもらう。あとから見たら,私にしてはありえないような満面の笑顔を浮かべていた。こんな笑顔で写真を撮ったのは,いったいいつ以来なのか,ちょっと思い出せない。

 喧騒の続く剣ヶ峰を降り,時計回りでお鉢回り開始。荒涼たる風景,完全な死の世界をゆっくり巡ったこの時間は,ひたすらに楽しかった。この場所に至るまでに重ねてきたあらゆる準備作業がすべて報われた瞬間。実際にたどり着いたそこには,写真では決して表すことができない凛とした空気が張り詰めていて,実に心が洗われる思いであった。

 私は無神論者である。が,この地に神の意志を感じた先人の思いには確かに共感できる。自然の大きさ,畏怖,美しさ,人の小ささ,この場所ではそんなことが一度に体感できる。

 この国に居住する人は,すべからく一度はこの地を訪れた方がいい。人生が変わる何かがここにある。迷ってるなら行って来い。行きたくなくても行って来い。マジすんごいから。

 その後,唐突に人が増えて賑わう吉田口山頂に驚愕したり,足元にくっきり見えた宝永山に涙しそうになりつつ御殿場口に戻り,郵便を出して0645下山開始。1時間後に砂走館に戻る。畳に座って朝食をいただいていると,足がパンパンに疲れているのがわかる。考えてみれば既に6時間歩き続けているのである,この状態で無事に下まで降りられるのか,少し心配になってくる。

 キャプチャーを停めた御殿場口まで約1800mの標高差。午前中に下りられれば御の字とか思って下り始めたのだが,結果的には90分ほどで降りることができた。嗚呼,大砂走は実に偉大である。

 宝永山を過ぎたあたりから空はくっきりと晴れ,振り仰げば二つの山頂が目に入る。超絶的にまっすぐな下りをどこまでも降りていくこの体験は,他では味わえない独壇場であろう。これもまた,生涯に一度は体験しておいた方がいいかもしれない。ただ,もう一回やりたいかと言われると疑問だな・・・

 そんなこんなで1000下山終了。土産物を買い込み,今更ながらの協力金1000円を支払って私の富士登山は終わった。

 次はいつ来るんだろう。登る前は,富士山は一度きり,と決めていたのだが,そんな簡単に飲み込める山では到底なかったというのが実際に登り終えた後の実感である。次は浅間神社からじっくり登ってみたいな。海抜ゼロからの登りというのもいつの日かトライしてみたいんだがさすがに無理か?でもないか?あなたどうおもいますか?

 

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2016年7月25日 (月)

富士登山 実践編 その1

 白山辺りも記録として残しておけばよかった。

 7/23
 0300起床。着替えて歯磨きしてコンタクトレンズはめてキャプチャーを出す。ローソンでサンドイッチ,缶コーヒー,行動食用おにぎり4個購入し,高速に乗ったのは0350くらいかな。

 その後ひたすら東進。クルマで愛知以東に向かうのは考えてみると久しぶりかもしれない。第二名神→東名阪→伊勢湾岸→第二東名というルートもモチロン初めて。伊勢湾岸自動車道と伊勢自動車道は別物なのね。今回初めて知った。

 刈谷と静岡で休憩を取り,静岡SAのあまりのぶっ飛びぶりに驚愕しつつ目標の富士山が雲に覆われて全く見えてこないことに不安を感じる。そのまま新富士で高速を降り,ナビの言うがままにクルマを進め,富士スカイラインで510円支払って標高を上げていく。

 雲はどんどん厚くなる。やがてガスっぽくなる道を走りながら,そういえば中学の修学旅行で「富士山」に来たことを唐突に思い出す。バスで「五合目」まで来たんだった。どこの五合目だったんだろう。あの時もガスに覆われてなんだかよくわからなかった。富士山が私を迎える際の,これが儀式なんだろうか。

 ナビの当初到着予定時刻0850であったところを0745くらいで新御殿場口駐車場到着。第2駐車場は満車だったが,第3にはまだまだゆとりがあった。エンジンを止め車外に出るとカッコウの声が聞こえた。弥山では山頂,伊吹では山中で聴いた声を,この山だとふもとで聴くのである。まあ標高1400メートルだからな。この時点で既に伊吹の山頂標高,超えてるし。

 準備してバス乗り場へ向かう。0815の水ケ塚公園行バスに乗るのが第一目標だったので,この時間はクリア。御殿場駅から上がってきた乗り合いバスが到着すると,乗っていた全員が降車し,待っていた全員が乗り込んでもまだゆとりがあった。水ケ塚公園に0828着,0830の富士宮口行バスに無事乗り込む。こちらは観光バスでシャトルバスなので,定員めいっぱいまで詰め込まれた。結構強引な運転手があっという間に標高2390メートルまで観光バスを引っ張り上げる。0900富士宮口到着。こんな高所からの登山開始はモチロン生まれて初めて。そもそも西日本には2000メートル超える山が存在しない。

 高地順応のためしばらくぶらぶらする。とはいっても売店以外何もない。同じ目的の人々がぼけーっと過ごしている。噂通り海外からの人々もたくさん見かける。ゆるキャラもいる。ケーサツも来る。事故かと思ったが,派出所があって常駐している模様。

 1時間ほど待ってガスの中出発。まずは六合目を目指すが,登りも下りもなかなかに人が多い。時折ガスが途切れ壮大な風景が一瞬浮かび,そしてすぐにまた消えていく。六合目の茶屋は素通り。宝永山に方向を向けると途端に人が減り,静かな山歩きになった。何人かグループがいたが,全部先に行ってもらい,一人でゆっくり進んで,今回の目標の一つ,宝永山第一火口に到着。

 ブラタモリでココの特集をやっていたのが,富士登山に行くきっかけの一つだったので,実際にたどり着いてみるとなかなかに感慨深かった。アキラクロサワの「夢」でいかりや長介が発狂してたのはまさにこんな場所だったかなとぼんやり思う。見渡す限り死の世界。黒い土と大小さまざまな岩だけで構成された世界がガスの帳に覆われている。親子連れが一組ベンチに座っていた。小学生くらいの女の子はテーブルに突っ伏していた。ソロと思しき別のオッチャンはいびきをかいて眠っていた。いろんな意味でここは日常とはかけ離れた場所と思えた。

 映像や写真で,この場所の様は何度も見ていたが,実際にその場所に立つと,あまりのスケールの大きさにすべての思考は止まってしまう。凄すぎる。火口の底に滞在した時間は,GPSの記録を見ると11分なのだが,体感的には3時間くらいはいたように思う。

 ほんの一時,ガスがさーっと去った瞬間があった。果てしなく天に向かう黒い山肌がくっきり顔を覗かせる。超絶的に美しかった。

 1100宝永山に向けて登り始める。足場が不安定な登りは実に厳しい。無理をせぬよう一歩一歩登る。先に私を抜いていったグループをここで抜き返す。しかし,ホントにプリンスはこのルートを歩いたのか?実は私と誕生日が同じである彼って,案外根性あるのかもしれんと,サヨクのくせに軽くシンパシーを覚えてしまう。1140宝永山山頂到着。やはり視界は全く効かない。嫌われたんだろうか。次回のお楽しみになったんだろうか。

 行動食を口に入れ,再び出発。ガスの中,馬の背を過ぎ,また登り始める。そういえば,ガスはきつかったが風はそうでもなかった。宝永山の環境としては,ましな方だったのかもしれないと,今にして思う。

 九十九折れの道をひたすら上り詰め,一つの廃墟小屋と営業小屋を通過し,14時前,宿である砂走館到着。予定より早く着いたのだが,疲労困憊で時間間隔が麻痺していて実感はなかった。寝床で少し体を休めるが,寝てしまうと高山病を誘発しそうなので無理して起きる。小屋前のベンチでインスタントコーヒーを入れて飲んでみる。ブラック派の私だが,山ではミルク砂糖入りでもなかなかに旨く感じる。

 15時ごろから天気は持ち直し,山頂が臨めるようになってきた。すぐそこにあるようにも見える。ここから2時間かかるとはちょっと思えない距離にも思えるが,そんなに甘い世界でもないのだろう。

 17時から夕食。だがしかし,ここで軽く高山病っぽい症状が出た。頭痛がし,軽くむかつきもあった。カレーはお代わり自由とのことで,泊まり客の皆さん大喜びであるが,とても食べられる気がしない。しかし何も食わないわけにもいかないので少量をよそい,なんとか口に押し込む。

 そのまま寝床に戻り深呼吸と水分補給をひたすら行い少し眠ってみたら症状は治まった。収まったのはいいが,今度は空腹にさいなまれることになる。困った困ったと思いながら,1900もう寝てしまうことにする。アイマスクを付け,イヤホンを装着してグールドのゴールドベルクを耳から流すと実に効果的に入眠できた。曲が終わった後はトイレを済ませ耳栓を入れ,本格的に眠る。

 明日,果たして剣ヶ峰までたどり着けるのか,不安と期待がいりまじった心境を抱えながら微睡む。

 

 

 

 

 

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