2013年11月25日 (月)

因果応酬かよ・・・

 ・・・漢字はこれであってるのか?インガ欧州?

 少し前に,チョーナン君が,傍らで発掘作業をやってる公園で野球に興じていたことを書いた。我が家が居を構える地は,大昔,一瞬ミヤコであったという過去を持っている。そのミヤコでマツリゴトが行われた中心地に公園がしつらえてあり,彼はそこで遊んでいたのである。

 罰当たり行為なのであろうなあ。親の顔が見てみたいよとか思いつつ,気になることがひとつ。

 今から40年ほど前,私が草野球を楽しんでいたあの広場,山の中にぽつねんと広がりまるで墓石みたいな石やらでっかい石碑やらがごろごろ建っていたあの空間は果たしてなんだったのだろう。

 ググってみた。出てきた。なるほどなるほど。あの空間は今もあのコロのまま残っているらしい。ふむふむ,なるほど。日本史に登場するあの大きなイクサで亡くなられた方々を弔う場所であると。墓石みたいな石は,全部墓石であったと。

 全部で40本以上あったよなあ。みんなでボールを当てて遊んだものであるよなあ・・・

 

 チョーナン君のコドモがどこで草野球を楽しむのか,今から楽しみである。

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2013年11月 9日 (土)

我が家のヒミツかよ・・・

 ・バスタオル
 「職場体験」なる催し物で地元の埋蔵文化財研究所(?)に派遣されたチョーナン君が,この地にミヤコがあった時代の宮廷服のコスプレで地元新聞に載ったのである。何でこういう流れが出来たのやら私にはさっぱりわからない。

 わからないが,宮廷服のレプリカを着てみたらウエストがガバガバだったので,自宅からバファローブル&バファローベルバスタオルを持参して内側に巻いていたというヒミツを,私は知っている。

 ・41
 上記埋蔵文化財研究所(?)に所属する研究員の方の文章を拝読したことがある。

 「少年達が無邪気に野球に興じる夏の公園の片隅で,今日も私はこの地に埋もれたミヤコの遺品をこつこつと探しているのである」という感じの出だしであった。

 「公園で無邪気に野球に興じる少年達」の一人が,実は我が家のチョーナン君であることを私は知っている。

 そして,当該研究員の方が,稲葉選手のリストバンドを装着したファイターズファンであり,とある夏の日,チョーナン君と当該研究員の二人が,公園の片隅でガチガチのパリーグ談義を繰り広げてたというヒミツも私は知っている。

 言わないほうがいいのかなあ・・・

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2013年11月 5日 (火)

巣立ち準備かよ・・・

 11/2
 早起きする。6時30分に起きて7時30分にジナン君と家を出る。梅田でJR乗換に乗り換え,天王寺→三国ヶ丘と乗り換えて9時過ぎに百舌鳥到着。漢字は3つで読み仮名2つというのは何をどう考えても許せないむきー!!!!

 お昼をはさんでおよそ5時間,ジナン君,猛特訓を受ける。見てるだけのこっちは退屈で寝てしまうかと思っていたが,そこはやっぱ親馬鹿である。頑張ってるジナン君を必死で見ているうちにあっという間に時は経つのである。はあ,楽しかった。なんとか結果も出てよかったよかった。

 しかし,あれだけやってもらって無料なのは太っ腹すぎである。もし次にスポーツ車買うことが合ったら,シマノで組みます,ホントです。

 駅に向かう途中,仁徳天皇陵を二人で見学し,あまりのでかさに驚愕しつつ帰宅。オトーサンにもこのくらいの墓を作ってくれよとジナン君に頼んでおく。

 ・11/3

 午前中路上教習。,ジナン君を連れて出発。私は徒歩で彼の後を追う。隣駅の商業施設に行って二人でオレカバトル。

 やっぱ,路上で乗るのは勝手が違うようで,かなり恐々ではあったものの何とか往復に成功。帰りはこちらが追いかけるのが大変なくらいであった。

 午後はメガーヌでジナン君とプールに行く。冬の間に25メートル泳げるようになろうと悪戦苦闘中の彼に付き合ってアドバイスを送る。嗚呼,しかし道のりは遠そうである。頑張ろう。

 帰りに商業施設に寄って再びオレカやったのはいいのだが,入るのも出るのも大渋滞で閉口した。雨の連休中日,皆さん行くところないんだろうな。

 11/4

 一家揃ってイオンモールに行き,私とチョーナン君は42鑑賞。感想はmixiに上げたとおりで,ワタシ的にはかなり不満であった。口直しにまどマギをもう一回観ようかと思ったのだが,その劇場ではやってなかった。嗚呼・・・・

 帰宅後,もう一度近所ライドに連れ出す。今度は私も自転車である。

 ところどころで止まるものの,かなりすいすいと路上を走れるようになってきた。そろそろ私が付かなくても大丈夫かな。


 自転車に乗っていると,時としてつらいことがあったり,怖い思いをしたりすることもある。時として痛い目に会うこともあるだろう(オトーサンが骨折したの,覚えてるかな?)。

 でも,その何千倍も楽しい思いが出来るのも事実だ。

 周りよりちょっと遅れたけど,まだまだ楽しい思いは出来るはずさ。

 おめでとう,そしてありがとう。

 

 

 

 

 

 

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2013年6月10日 (月)

横浜遠征記

 一ヶ月に一回も更新しないブログなんてやめちまうべきなんだろうなあ、誰も読んでそうにないし。

・シンクロ

 夜行バスも考えたのであるが、正直50前のオサーンなので、このところいろいろきついのである。年齢を言い訳に往復新幹線を選んだのであるが、出発前の週からずっと喉と鼻がおかしかったのでこれは正解だったのだとしておく。今回の同行はチョーナン君のみ。ジナン君を誘っても来てくれないのである。

 京都から新横浜。2時間。この時のために取っておいた「鳥類学者のファンタジア」後段をじっくり読み上げる。バーンスタインの復活(NPOヴァージョン)をBGMに選んだのだが、小説のクライマックスと5楽章のコーラスが見事にシンクロしてちょっと泣きそうになった。こういう体験は我が人生二回目哉。

・羨望
 11時19分新横浜着。満員の横浜線~根岸線と乗り継いで関内下車が開門手前の12時少し前。根岸線の車内に野球観戦らしき人はあまり見かけず、ひょっとしてガラガラなのかと思ったのだが、関内で大量の人が降り、皆さん球場を目指していった。

 気取らず、普段着のままで野球観戦するのがハマスタイルなんだろうか。コテコテの関西勢とはやっぱ違うのであるな。ついでに書くと、関東の球場は相対的に女性が多いと思うのである。しかも若い女性がザラザラ存在するのである。かなり羨ましいのである。

 足を踏み入れるのは初めてであった横浜スタジアムは、都会の真ん中にどんと構えながらも公園の一角という絶妙のロケーションであって、緑の映えるこの季節、非常に美しい。同じ都市型球場でも、町工場の一角に突如現れる京セラドームとは対照的な存在であった。これまたかなり羨ましいのである。

 中に入ってみると、外野シートにちゃんと背もたれがある。嗚呼、羨ましい。とはいえ、フィールドは囲まれ感が強く閉塞的であってあまり好きじゃないかな。天然芝にしちまえばいいのに。

・馬鹿試合

 先制される→光の三塁打というか金城のやらかしで2点取って逆転→和作の2ランで突き放す→3点差を千尋が追いつかれる→バルと和作のタイムリーで再び突き放す→3点差をまたも千尋が追いつかれそうになる→比嘉に変わるも追いつかれ、追い越される→李大浩の2ランでまたもや追い越す。

 書いてみると楽しそうなシーソーゲームに見えるかもしれないが、両軍ともお粗末な内容。ただただ疲れ果てる。試合前には、横浜のゲームが終わったら東京ドームに移動してイーグルス戦を観戦しようかとチョーナン君と話していたのだが、ゲーム終了が18時を回っており2人とも疲れ果てて断念。

 来週はきちんと投げてよ>千尋

・伊勢佐木町昏睡ブルース
 楽天トラベルで適当に選んだビジホは、球場から徒歩7分くらいで、まずまず清潔で静かで、オマケに安かったので合格点である。最もニトリで買いそろえたという感じの家具類は、ヨメを連れてきたらかなりの減点対象だったんだろうな。

 夕食は適当にホテルを出て、伊勢佐木町の中華屋さんに入って済ませる。2人たらふく食って2000円で釣りが来たのには驚き。

 そのまま部屋に戻り枕に頭を置き意識を失う。いつものパターンであるなあ。

・港町観光
 翌日。コンビニサンドウィッチで朝食を済ませ、チェックアウトして関内のコインロッカーに荷物を預け、港町を観光する。

 敷石に書いてある赤い靴のイラストを見て「あの唄をモチーフにしているのであるよなあ」と中チョーナン君に話しかけてみたところ、嗚呼、そんな唄知らないと言われた。中2にもなって知らないのかアホかお前は親の顔が見てみたいわ。

 スタジアムを抜け、山下公園に着き、氷川丸を見学。ほんの暇つぶしのつもりだったのだが、存外に中は広くてしかも面白くて堪能してしまった。やっぱ歴史を背負ったオブジェが語ってくるモノは少なくないのである。

・103
 10時50分、シーバスで山下公園を離れ横浜駅に向かい、横浜三井ビルディングを目指す。

 今回のもう一つのメインイベント、原鉄道模型博物館である。

 私は鉄道ファンではなく、ましてやオタクでもない。鉄道の知識が普通の人より少し多いくらいの存在であるが、そんな私でも十分に楽しめた。いやはや、この人DBの103型電気機関車が好きなんですね。私も大好きである。1番ゲージで走っていたアレはなかなかに迫力があってステキであった。

 それほど楽しみにしていなかったチョーナン君が、予想以上の食いつきを見せたのが、収穫と言えるだろうか。とはいえキミ、こっちに本腰入れるのなら、今後野球観戦は無しにせざるを得ないよ、うちはビンボーなんだから。ちゅーか、博物館の1階に天賞堂のショップが出ていて、ちょっとヤバかったのは内緒である。

・勝たせてもらう
 ハマスタ二戦目。

 三嶋君の敬遠暴投で1点恵んでもらい、吉川君の暴投で1点恵んで貰い、デホとバルのホームランで勝ち越して終了。なんだかなあ。強いて見所を上げると、8回の佐藤達VSブランコくらいだろうか。

 我が軍の暗黒力をはるかに裏回るベイスボールの恐ろしさを痛感した二日間となった。

 連勝したけど爽快感はなかった。私はいいゲームが見たいんだよ、野球ファンなんだから!

・買いそびれ
 ハマスタは爽やか系のニーチャンがスタジアムDJを勤めて盛り上げていた。逆転されても「さー同点逆転を信じてテンション上げましょー」みたいな感じ。これが嫌みにならないのはなかなかによかったと思う。

 球場内カメラで、来場者の記念撮影を何度も何度もやってたのも印象的だった。撮られる人々はみんな笑顔。帰路についたファン達も全然荒れてない。スポーツを楽しむ大人の雰囲気が漂っている。本拠地1勝9敗で終わった交流戦も、彼らには楽しい思い出なのだろう。タフで頼もしいファン層であるよな。関西勢とは根源的に違うのである。

 で、撮影イベントのスポンサーだった豊島屋の鳩サブレーを、ヨメとジナン君に買って帰ろうと心に決め、帰りの新横浜で探したのだが、嗚呼何故か置いてないのである。最後の最後に心残りが出来てしまった。球場で買うべきだったんだろうか。次に私がハマスタに足を運ぶのはいつになるのだろうか。

 10月に、今度は頂上決戦出来ればいいな。

 

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2013年2月 9日 (土)

お約束かよ・・・

 「今年バファローズがリーグ優勝したら、10月に発売されるポケモンのゲームソフトを買ってあげます」と、ジナン君に宣誓したので、後日の証としてこの旨記載する。

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2012年7月10日 (火)

ご近所サービスかよ・・・

 私の名字は少し変わっているのである。 電話などで名乗ると、大抵「え、何って?」みたいに聞き直されるのである。非常に邪魔くさいのである。

 邪魔くさいので先週末自宅の今で「はー、もう名字変えようかなあ」と呟いたのは事実である。

 月曜日、小三のジナン君が学校で呟いたらしいのである。

 「オレ、名字変わるかもしれんねん。」

 彼の呟きは、じわじわとご近所さんに浸透中 ← 今ここ

 こう言うのを何と言うんだっけ?棚からぼた餅?

 さあて、寝苦しい夜が続く昨今である。窓全開のまま就寝中のご近所さんも多いと思うのである。ここで「夜中に皿を割るパフォーマンス」とかやるべきでしょうかどうでしょうか。

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2012年5月27日 (日)

視線かよ・・・

 すれ違う人が何とはなしにこちらを見ていくのである。廊下を追い抜いていくコドモ達は明らかにじろじろ見ていくのである。ブレーブス復刻ブーマーTシャツはそんなに珍しいのであろうか。確かにジナン君の教室でこれを着ていた人は私一人であったけれど。

 三年生になったジナン君の、土曜日は参観日だったのである。授業は少人数教室という、ショーワ世代にはよくわからないシステムのシロモノである。

 国語の授業で、先生はどんどん質問を出し、コドモ達はどんどん手を挙げて答えていくが、手を挙げること挙げない子は、まことにくっきり分かれているのである。ジナン君が後者に所属していることは言うまでもあるまい。

 淡々と進む授業に我が子は落ちこぼれているのではないかと、こっそり後ろから手元のプリントを見てみると、存外まともな回答をきちんと書いていて少し驚く。絶望的に字が汚いと思いこんでいたジナン君なのだが、隣の席の男の子は、ジナン君の256倍くらい凄まじくてこれまた驚愕する。

 はー、しかし授業を受けると眠くなるのであるな。とりわけジナン君の担任の授業は退屈であった。ジンセイにもシゴトにもやる気を見失いそうな年代であることはわかるけど、それはそれ、コレはコレ、ではあるし。頑張って下さいませ>某演歌歌手似の先生。

 このような試練を毎日こなしているわがジナン君をたまにはリスペクトしてみるか。

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2012年2月29日 (水)

想定外かよ・・・

 

・足が攣る
 溜まりに溜まった仕事を置いたまま職場を離れ、一ヶ月のブランクを経てスイミングスクールに行く。

 笑っちゃうほど泳げない。特にキックがダメダメ。バタ足50メートルで撃沈。足がつって一端リタイヤし、その後はいつも馬鹿にしてる落ちこぼれのオバチャンと一緒に泳いだのである。嗚呼・・・

 

・出入り禁止
 公式戦のチケットも発売が始まり、あちこちの外野席を飼い始めているのであるが、ん?某応援団球場出入り禁止の噂有り。嗚呼、今年はどういうスタイルでオーエンすることになるんだろう。

 ・30点
 帰宅すると居間のテーブルに置いてあったのである。

 小六チョーナン君の100点満点の算数のテスト。先日は国語で46点とかもらってたな。

 いろいろ考えた方がいいのだろうかと思う今日この頃。

 ・1668枚
 いろいろ考えた末に買ったのである。1668枚収納のCDラック。

 本日届いたのである。帰宅してみると玄関にでっかいブツが放置してあるのである。

 持ってみてびっくり。重すぎ、である。予想より遙かにしっかりしたブツのようで、それは嬉しいのであるが、嗚呼、ちゃんと組めるんだろうか。我が人生、簡単には流れない・・・

 

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2012年1月 5日 (木)

年末年始かよ・・・

 備忘録的に一週間の活動を記録しておく。

 12/29
 休み初日。チョーナン君誕生日。

 朝一で走りに行く。サイロを往復50kmほど。

 今年の秋辺りから,何故かヨメとコドモタチの間で「カニが食べたい」という訴えがあったので,近所のかに道楽に行ってみる。お手軽ランチコースで四人1マソチョイだったが,相応に堪能した。かにすきはなかったけどね。

 その後,チョーナン君のプレゼントであるPSP用パワプロ君を買いにヨドバシに行くも売り切れ。このままではパーキング代を支払う羽目になるので,しょうがないな,自作機用CPU静音クーラー購入。trinity,である。

 その後,イオンによってパワプロ君をゲットし,アイスクリームケーキを買って帰宅。家でゆっくり過ごす。

 そうか,あれからもう12年経ったか。

 12/30
 朝一サイロを走るも,腰痛が出て40kmほどで帰ってくる。

 この日は大掃除。

 パソコン回りを徹底的に行う。ついでにtrinity取り付け。劇的に静かになる。が,無音にはならんわな。

 かーなーり,徹底的に掃除をしていたら,夕方になってしまう。テレビ周辺は明日に持ち越し。

 12/31
 朝一サイロに向かうも,サイロ手前で腰がダメである。ごまかして走ってみたが全然ダメなので諦めて帰宅する。伊吹山,無理かもな。

 テレビ周りを大掃除。アナログ専用レコーダーと,契約を切ったままのスカパー!チューナーを取り外し,すっきりした。ついでにCDラックの整理にも取りかかる。想像以上に埃が溜まっておりorz。

 夕食のすき焼きを突きつつ,画期的CD整理方法を思いつく。CD1枚につき,どこまでの情報を入れ込むべきなのかでずっと悩んでいたのだが,今時はCDの情報なんてネットからあっという間に取り込めるご時世なのである。であれば,最低限のデータだけをエクセルに放り込んでいけば,簡単に仕上がるのではないか?

 というわけで,ここから私対エクセルシートの,年を越した格闘が始まるのである。

 1/1
 この日くらいは自転車は休みにする。アルツハイマーの母と,函館市場で会食。

 夕食後,近所の神社に初詣もどき。大晦日から元旦夕方くらいまではかなりの人手があるのだが,さすがに夜となるとまばらである。

 その後エクセルシートと対決。そんなこんなで元旦はおしまい。

 1/2
 走り始め,のつもりが雨で,あえなく断念。

 この日は,夜をヨメの実家で過ごすことが決まっていたので,それまではどこかに出かけるつもりだったのだが,チョーナン君が発熱し,断念。ジナン君とヨメが街の初売りに出かけ,私とチョーナン君は留守番。私はひたすら格闘。おかげさまでかなり進んだ。

 夜は実家で宴会。東京で生まれたばかりの姪は不参加である。まだ首座ってないらしいから,長距離移動は無理か。

 1/3
 走り初め。腰痛バンドを巻いて走ってみる。

 無敵である。腰は全然大丈夫。ということは,腹筋背筋を鍛えればしのげるということか。ただ,手持ちのバンドはスポーツ用ではないのでやたら大きく,前傾姿勢を取るとつっかえて痛いのである。仕方がないのでソフトタイプを買うことにして,イオンモール京都に出かけ,スポーツ用品店でゲット。

 ついでに仮面ライダー映画を鑑賞。期待度ゼロだったのだが,存外に面白く,得した気分。

 1/4
 ソフトタイプのバンドを巻いて走りに出る。サポートが弱い分,前傾姿勢を取っても大丈夫だが,当然に腰は少し不安定となる。むーん,うまくいかない。

 島本側から柳谷に上がってみる。ベストは20分フラットくらい,去年の3月で23分ぐらいだっったなと思いながら上がってみたら,嗚呼,27分だって。だめだこりゃ。帰宅後,ガーミンを外そうとしたらポッチが折れてしまう。調べてみるとガーミン705のウィークポイントらしい。嗚呼,どうやって外せばいいんだ?

 午後,大阪へお出かけ。長居の神須牟地神社に向かう。

 ええ,大引選手のご実家ですよ。

 歴史はあるそうだが,それほどでかい神社でもなく,参拝者はうちの一家ともう一組バファローズファン父子だけ。風が異常に強く寒いので早々に引き上げる。

 その後,梅田をぶらぶらして帰宅。エクセルと格闘を続け,クラシック,ジャズに関しては,全データの入れ込みに成功した。

 
 CDとLPをPCで整理するというのは永年の悲願であったので(というか,そもそもPCを買った動機の一つはこれだった),これを達成できたこの年末年始は実に実りのあるものだったと思う。

 思うが,毎日毎日エクセルと格闘していると,なんだかシゴトの続きをやっているようでちっともリラックスできなかったのである。はー,もう一週間休みたいところであるよな。


 

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2011年11月27日 (日)

マルバツかよ・・・

・バレンタインデーにAさんはチョコレートを10個もらい、Bさんは全くもらわなかった。
・大人は喫煙出来るが高校生は出来ない。
・Cさんは肌が黒く、Dさんは肌が白い。
・ヒンズー教徒は牛肉を食べず、イスラム教徒は豚肉を食べない。
・健常者のEさんは階段を上れるが車いすのFさんは上れない。
・G君は恐いH先生の言うことは聞くが恐くないI先生の言うことは聞かない。
・校内マラソンで、男子は30km、女子は15km走る。
・両親は妹にだけ食器のあと片づけを命じ、兄には何も言わない。
・10歳のニホンジンのJ君は学校で勉強し、10歳のフィリピン人のK君は路上でガムを売っている。
・日本では控えめであることが美徳とされるが、アメリカでは自己主張のない人間として低く見られる。

 以上の各々の差を「あってもいい(○)」「あってはならない(×)」「どちらとも言えない(△)」
を付けなさい。

 というのが、小六チョーナン君の人権授業の内容であった。

 そもそも「人権」という独立した科目を学校で習ったことのない私には、かなり違和感のある事業だったのである。むーん、人権はこうやって「学ぶ」ものなのか。

 実際の授業の進め方としては、まず個々が自分なりの回答を入れ、次にグループで話し合ってグループとしての答えを出し、最後にそれを付き合わせるというスタイルで進み、無理矢理マルバツを付けさせてオシマイという乱暴な内容ではなかった。

 が、やっぱ、最終的に何が○で何が×なのか、ある程度答えを出させるようにし向けるのはどうなんだろうかと疑問を感じる。

 私にとって人権とは、もう少し肌感覚で吸収するものという気がするのであるな。とはいえ、ではどうやって手前のガキ共にそれを吸収させるのかと言われると困るのも事実で、うーん、答えが出ません。

 一つだけわかったのは、こうやって学校が「人権」を「学ばせよう」とするから、反発する人間が出てきてネトウヨに成り果てるという、とてもわかりやすい構図、だろうか。

 おそらく小学生のチョーナン君の授業参観を私が見ることが出来るのは昨日でオシマイ。混沌としたカオス状態の世界に、いよいよ彼はこれから足を踏み入れるのであるな。我々は彼らをこの社会にどうやって迎え、引き継いでやればいいのだろうとホンキで悩む今日この頃である。オーサカの選挙結果を見るとますますその悩みは強くなる。

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